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いのちの桜

末期がんとソーダアイス(再掲載)

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12年前の今頃、私は
いよいよ悪くなっていく母を毎日看ていた。

末期癌と言うのは、本当に酷だ。
あんなになっても最期まで、意識はハッキリしている。

母は、子宮体癌末期だった。

ただ苦しい、と、
水が飲みたいけど飲み込めないんだと言って
氷をやたら欲しがっていた母。
氷を口の中で転がしているとだんだん溶けて来て、
咽喉が潤うのだと。

ある朝、ソーダアイスがどうしても食べたい
アイスクリームじゃなくて、
ソーダの氷のバーが食べたい 
と言って聞かない。

病人と言うのは、長く患うと、
少し退行するというか、
(母は、たった1ヶ月だったけれど)
ちょっと、現実と離れた自分が、
わがままを言いたくなるらしい。
それだけそのときの状態が苦しかったのだと思う。
そして、それだけ咽喉が渇く、
けれど水が飲み込めないという、
過酷な状態であった。

当時は、今のように ガリガリ君 なんて
流行ってなかったから
昔のソーダアイス(つまり氷菓)は
どこに行ってもあまり見なかった。
ましてや氷菓のバーと言うのは
もっと見当たらなかった。

でもそんなに食べたいのなら、と
ちょうどこんな寒い朝、
私は病院から出た道を歩いて、
ソーダアイスを探してコンビニを周った。

確か、ソーダ味はなかったけど、
氷菓のバーは見つかった・・!
と思ったのを記憶している。

あのときは、ただ朦朧としながらも、
自分が何でもやるしかなかった。

だから、自分がどんな格好をしていたのか、
モノを食べていたのか、
風呂に入っていたのか、
そんなことさえ覚えていない。

だけど、鮮明に覚えているのは
当時飼っていた猫が、どんどんすさんで
野良猫のようになっていったことと
通勤時間帯に、駅に向かって歩く人たちと
今の私とは、まるで別世界・・・と思ったこと。

ソーダアイスを求めて歩き続けた
今日のような、秋の冷たい朝。

ひとり、冷たい道を歩きながら、
もうすぐ、母のわがままをを聞くこともできなくなる・・・

朦朧とした頭のままで
ひとり、歩いていた。
これからもっとひとりになる・・・
どんどんひとりになる・・・・
そんなことを思いながら、

寒くて、寒くて、
それでも、ソーダアイスを求め続けた秋の早朝。


フリー画像枯れ葉

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