1999年のままで

1999年で、時が止まったままです。

母が亡くなった年です。

このことは今まで「詩」として
表現して来ましたが、

比喩などではなく、

本当に、私の中で
この年から時計が全く動いていないのです。

今は、2020年です。

それが、本当にわからないのです。
2020年・・・?って、
そんなの、遠い未来の話にしか聞こえなくて。

オリンピックも、安倍政権の問題も
実感を伴って聞こえないんです。
なに、そんな未来の話をしているの?
としか思えなくて、
私の生活とは、すっかり乖離しています。


そして1999年前後の出来事のほうが
私にとって、むしろ新鮮に響くんです。

オウム真理教事件、つい3~4年前にあったけど
彼らは、ポアと称してなぜあんなに大量の殺戮を?とか、
同じ年にあった、阪神・淡路大震災。
関東に来る来ると言われてたけど、
神戸の街が
あんなに滅茶苦茶になってしまうなんて・・・とか


母の断末魔のような最期を
私は、一人で看取りました。

きっと、そのときのことが
私にとっては余りにも過酷で
受け入れ難いことだったのでしょう。

確かに、過酷過ぎる日々でした。
母の苦しみようは、まるで地獄絵図のようで、
私は一人で、病院に泊まり込み、
家と病院の往復をする毎日でした。

母は、鮮明な意識のまま、
お腹が苦しい苦しいと訴え続けました。
癌性腹水でお腹はカエルのように
膨れ上がっていました。

その腹水を抜いてもくれず、
ボロボロの病棟で、向かいの病室の声も丸聞こえ。
大した処置もしてもらえませんでした。

母の断末魔の場面が、忘れられません。

だから、20年以上経った現在も
母が死んだ とは思えないのでしょう。

あのときの地獄絵の数々が、
私の体中に
焼けた烙印を じゅうじゅうと
押しつけられるようです。

胸にざくりと、母の死 という傷ができました。

そこから時が止まっているので
だらだらと流れ出る血を抑えながら、

近所の人に笑顔で挨拶をしたり、
友達と楽しく話したりしています。


2020年・・・・・?
2020年・・・・・・?
どうしても、どうしても
それは私にとって、遠い未来です。


どうやっても、どう動かそうとしても
時計の針が、動きません。

今は、1999年です。
ノストラダムスの大予言が当たるとか当たらないとか
みんなが騒いでいます。


お母さんが死にました・その3







ぽちで救われる私がいます


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