時の砂

諸事情により心労が酷い。
一人 を思い知らされた夜。

テレビでは若い子が
平和な社会というのはわれわれが隣りのひとを思いやること
からはじまるのだとおもっています

とか言っている。

そうね。とっても大事なことだと思うわ。
でもね、
それがなくなったから、みんな一人になったのよ、お嬢ちゃん。

時間を逆戻りさせることは出来ないのよ。

諸行無常・・・・・・。
それにしても、こんなにも速くうつろいゆくものなのか・・・・
まるで、時代にせかされるみたいに・・・・・。

人間の一生も
セミの一生も

もしかして、そんなに大差ないのかな・・・
なんて気に ふと囚われる。

一切皆苦
そんな境地には到底辿り着けぬまま

私の 時の砂はもう残り少なくなった。
その中で出来ることをやって行くけれど、

時代にせかされてまで生きていたくない。

砂が落ちきるまで頑張れ・・・
最期の一粒が零れ落ちてなくなる日まで。

もう少しの辛抱さ。

敢えて 頑張れ・・・自分・・・と言って聞かせる・・・。

涙ぐんでいた夕べの月。


2 Comments

カプチ

こんにちは。

>人間の一生も
セミの一生も

もしかして、そんなに大差ないのかな・・・
なんて気に ふと囚われる。

その囚われる感覚にすごく共感します。
庭にカブトムシやセミの死がいがあると
「そのうち俺もそっちへ行かせてもらうよ」
と心の中でつぶやいてしまいます。
人間の一員より動植物の一員のが受け入れやすいです。
だから死ぬときは一人山奥で死にたいです。
他人は「孤独な死」というでしょうが
私は「静かな死」だと思っています。
こうした感覚で生きていると
死はちょっと楽しみなものでもあるし
普段も張りつめた気持ちになることも少ないです。

マイペースな自己紹介のようになって申し訳ありません。

                    38年だけど早生まれのカプチより。

  • 2011/08/09 (Tue) 17:37
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ナレイ

Re: 人間の主観とセミの主観

カプチさん

コメント、ありがとう♪

何だかせっせと返信コメントしたのに消えてしまって~~!(号泣

改めて

「セミの一生は短い」とよく言われますが
それって人間の「尺度」で見たら と言うことでしょう?
「はかない」とか。

私たち人間は、他の動植物よりちょっとばかり知能が高いというだけで
人間の「主観」でばかり物事を見ているような気がします。

セミは勿論、考えたりしないけど、
本当に短くてはかない命かどうかは、セミにしかわからないこと。

先日、うちの網戸にセミがへばりついていました。
「もう死ぬの?よく生きたね」と呟いたら
ジジ・・・と鳴いて、思い切り飛び立って行きました。
「まだ死なねえよーーー」と思ったのかも知れません。
そんなセミが、私には はかない よりも 何だか頼もしく見えました。

「静かな死」
良いですね、とても。

人間は、死ぬことで動植物の一員に帰るものなのかも知れません。
昔から「土に返る」と言われるようにね。
「ちょっと楽しみ」どころか
私には「大いなる楽しみ」です(笑

嬉しい!同学年!と思っているナレイより

  • 2011/08/09 (Tue) 21:34
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