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全てあきらめる

 2012-12-27
昨日、ある方の話を聞いて思ったこと。

絶対にあきらめない!とか
最後まで闘う!とか
そんな言葉をよく耳にする。

そう言うことが必要な場合もあるだろう。
なんかの試合とか、スポーツや勝負の世界では。

(いや、勝負の世界でも究極は、勝つとか負けるとか、
どうでも良いと心底思えるようになったとき、初めて勝てるのかも知れない)

でも、生きる と言うことを考えたとき、

いっそ、全てあきらめる
何も求めない
ことのほうが、
もしかして、楽になれるんじゃないかなあ・・
そのほうが
ひとに対しても、寛容に、優しくなれるんじゃないかなあ・・
と言う気がしてならない。

どうしても
評価されたいとか、
愛されたいとか、
思ってしまう自分がまだまだいるけど、
それは、煩悩 ってやつなんだろうなあ、と。

神経症と言う病気は、煩悩の集大成みたいな病気だし。
囚われの病 と言われるように、
あらゆることにこだわって、囚われて
自分で自分を苦しみに追いやってる病気なんだろうと。

そんな自分を全部捨てられたら
きっと物凄く 楽 になれるんじゃないかなあ・・なんて。

DVDデッキがまたトラブル起こして録画出来なくて
イライラしながらお客様センターに電話していて
ふと思った。

こんなこと、実にどーでも良いことで
そんなことにいちいちこだわってるから疲れるんだろうなあ・・と。

今日のミッションは、私にとって大きいしキツい交渉ごとだけど、
そう考えたら、べつにただ淡々と、自分の言えることだけ言って
帰って来れば良いんじゃない?
結果が失敗でも成功でも、どっちでも良いことなんじゃないかなあ・・
なんて、思ったら、

大してキツいことでもないような
そんな気もして来た。

セラピスト・ハッチが言ってたことがあったっけ。
彼は森田療法家ではないけど
「結局は森田の言う、あるがまま・恐怖突入しかないんだよな」と。

私は森田療法支持でも何でもないし、
ハッチも同様。

だけど、これを 生きることに置き換えれば
その先には、楽 が待ってるんじゃないかと。

余計なものを求めない。
どんなことが起こっても、ただ淡々と受け止める。
求めなければ、受け止められるんじゃないかと。
あきらめれば、受け入れられるんじゃないかと。

生きることは
全てあきらめること
これ、楽になるためには
大事なことのような気がしてならない。
121226_0936~01



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