おばあちゃんとの語らい

 2012-08-15
お盆だから、かなあ・・・。
ハッチとのセラピーなのに、
おばあちゃんのことばかり話して来た昨日。

ただただ懐かしく、無性に恋しく
思い出される。

じょーだんじゃあらひない!!
帰っとくれ!!

と、すぐ怒るおばあちゃん、
だけど、すぐ笑う、おばあちゃん、

単純だけど可愛かったおばあちゃん。

大学に入学したけど目的が見つからない
なんて今とはまるで逆で

明治27年生まれ、
勉強したくてもさせてもらえなかったおばあちゃん、
学校はおろか、
文字もまともに書けなかったおばあちゃん
文盲 なんて言葉すら、今の子は知らないだろうね。

それでも向学心が強くて強くて、
80過ぎてからも
娘である母から外来語を教わる度
きったねえ文字で広告の裏に
道とくは、モラルともいう。
と一生懸命書いていた、おばあちゃん、

体は細いのに
手だけが大きくてごつごつしてて
節くれだっていて、
どれだけ働いて来たかが感じられたおばあちゃん

だけど勝気なせいか、時代のせいか、
自分の苦労話より良かった頃のことしか
話さなかったおばあちゃん

私が遊びに行くと必ず
ナレイちゃんは梅干しが好きだったろ?
と言って、でっかいカメに漬けた、
自家製のすももほどの梅干しとほうじ茶を
出してくれたおばあちゃん

モノクロの、若い頃の写真を私に見せ
「わーー!すっごいキレイだったんだね!おばあちゃん!」
と言われると
あれ・・そうかい?と言いながらも
あからさまに嬉しそうだったおばあちゃん、

コスモスの花が好き と言う母に
辛気臭いねそんな花は!
菊が良いんだよ!丈夫だからね!

と、ロマンチックなものは一切理解しなかったおばあちゃん

関東大震災も、東京大空襲も直撃されたけど
そう言うときだけは冷静な判断が出来て
火の粉を被って、子供たちを守ったおばあちゃん

でも普段はまるで冷静じゃなくて
怒って笑って を繰り返してたおばあちゃん

そんなおばあちゃんが大好きだった。

そして今日は、終戦の日だよ。
あれからもう、67年経ったんだって。
私は、まさか自分が
そんな数字になるまで生きてるとは
思わなかったよ。

坊さんを呼んでお経をあげてもらうのが
本来の供養なのかも知れないけど、

こうやって、おばあちゃんと語り合いながら
おばあちゃんの好きだったものを供えてあげるのが
ナレイ流の供養なの。
花は、一応菊科のものにしといたよ。
でもいかにもな仏花は嫌いなの。そこだけは譲れない。
勘弁ね。

どんなに才色兼備な女性の名言より
激動の時代を生き抜いた、一人の無学な明治の女、
欠点だらけで人間臭い、おばあちゃんの歴史のほうが
私の胸には、深く刻まれている。
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