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長生き

 2011-12-30
世の中、もう年越し気分なのね・・・。
私には例の如く関係なく、スーパーに行っても
必要最低限の物だけを買って、即効で帰る。

この時期がいちばん憂鬱・・・。

いのちに重い軽いの差はないけれど
死に様 と言うのは実に様々だ・・・と痛感させられる季節。

第二の人生とか、セカンドライフとか言うけれど
それは、人生80年と言う長寿社会に、
何とか、意味をつけるための合理化 に聞こえてしまう私。

ただ長生きすることがそんなに良いことなのか、
私のような者には疑問でならない。

今のこの社会の仕組みの中で、これだけの高齢者が増え
お金がない限り、行く先は限られている。
しかも、そこから零れる者さえいる。

国はパンク寸前なのに、
「いつまでも!元気で!長生きを!」と謳う。
それで国は周って行くのだろうか・・・。

私は、中学生の頃から
「人生50年で十分」と思って来た。

医学の進歩は、ときに救いでもあり、
ときに残酷でもある。

認知の人たちを数多く看て来た私には余計にそう思えるのかも知れない。

でも、私は彼らが好きだった。
彼らは、昨日のことや食べたご飯のことを忘れていても、
自分の人生でいちばん輝いていた頃のことだけは覚えてる。

ヒデさんは
お米をとがないと・・お味噌汁を作らないと
そう言って、毎朝3時には起きて来る。
お米ならもうといでおきました。お味噌汁の具はワカメよ
そう言うと
そうですか・・・!まあ・・!ありがとうございます・・!
と感激して部屋へ帰って行く。
その3分後にはまた同じ質問をしに出て来る。
それをそう・・・30回くらいは繰り返すだろうか。
3分おきに感激出来るんだから新鮮だ。

きっとご主人や子供さんのために、
毎朝早く起きて朝ごはんの支度をしていたのだろう。

トミさんは、オムツ交換の度に
雨、降ってる?
と、必ず聞く。
降ってないよ、今日は良いお天気だよ
と言うと、安心する。
その日焼けしたしっかりとした骨格、きっと農家で毎日畑仕事をしていたのだろう。

彼らにとって、自分が人生でいちばん輝いていた頃のことは
どんなに認知が進んでも、記憶の中にしっかりと残っている。

認知と言うのは、手がかかったり、家族に疎まれる代わりに、
私たちが嫌にならないように、愛おしさを神様が与えてくれたんじゃないかなあ・・・
と、よく思ったものである。

トキさんのお部屋と大きく書いて貼っていても
「見えない・・私の部屋どこ?」と言うトキさん、バタバタしてる時間に
もう~!だから!目の前!と、イライラしながらも、
憎めないんだなあ・・・と、いつも思ってた。
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