追体験日記(再編集)

 2018-04-16
【昭和20年、3月10日 また空襲に襲われました。
私は13歳です。
本所区(現・墨田区)に住んでいた私の家は、
直撃されて、父と母と弟二人、家族で逃げました。

空を見ると、真っ黒い焼夷弾が、
幾つも幾つも雨みたいに降って来るんです。
火の海の中、家族で必死に逃げました。

黒焦げになった死体が、
道いっぱいに転がっていて歩けないくらいでした。
母は
「なむみょうほうれんげきょう、
なむみょうほうれんげきょう」と
言ひながら、
その死体を足でどかしながら歩いていました。

隅田川は、もう川ではなくて、
死体の山になっていました。

「おキヨ、オレたちはもうダメだ~~」
と怯える気の弱い父に
「あんた!しっかりしとくれ!」
と母は気丈に振る舞っていました。

被服廠(ひふくしょう)に逃げれば大丈夫だ、
と近所の人たちが言っていましたが、
関東大震災を経験していた母には
カンが働いたのでせう。
「被服廠は危ないよ!」と言ひ、
私たち家族は、みんなが避難した被服廠ではなく、
小さな神社に逃げ、家族5人で隠れていました。

そのとき思わず私は
「金紗(きんしゃ)の着物が焼けちゃう!」
と、大事にしていた着物のことを思ひ出して
叫んでしまひました。
すると母は、それを取りに家へ戻って行ったんです。
火の海になっているはずの家へ。

・・・・私は、なんてことを言ってしまったんだらふ、と、
とても後悔しました。
着物なんかで、
母がもし戻って来なかったらどうしよう、と。

10分経ち、15分経っても母は戻って来ません。
とてつもなく長い時間に感じられました。
私は不安で不安でたまりませんでした。
幼い弟は
「おかあちゃん、帰ってこねえや!トミエねえちゃんのせいだ!」
と、泣きながら私を責めました。

私は、そのとき覚悟を決めていました。
「私が親代わりになって、弟たちを育てて行くんだ」と。

20分くらい経ったときだったでせうか。
母が、全身ススだらけになって、金紗の着物を抱えて、
帰って来たんです。
弟は「おかあちゃん帰って来た!」
と大喜びで叫びましたが、
私は、言葉が出ませんでした。

ただ、「帰って来てくれた・・・お母さんって強い人だ。
私も、お母さんのやうな人になりたい・・・!」
そう、心の中で強く思っていました。

金紗の着物を抱えて立っている母は、
本当に頼もしく見えました。】

これは、母から何十回となく聞かされた話なので

もう見える。

小さな神社の佇まいから、
経験したこともないはずの焼夷弾の雨、黒焦げの死体、
それらの光景が、あたかも自分で経験したことのように、
くっきりと、鮮明に見えるんだよ。

だから私は、戦争体験者の気分 にときどき陥るんだよね。


関東大震災、東京大空襲を経験したおばあちゃん、
明治・大正・そして激動の昭和を生き抜き
幼い頃から、苦労の連続だったおばあちゃん。

私は東日本大震災で、都心でも電車が激しく揺れたとき
真っ先におばあちゃんを思い出したよ。

今もこうして、目を閉じれば
3月10日の、あの日の光景が見える。

おばあちゃん、安心して。
私の記憶の糸は、亡きおばあちゃんから、
亡きお母さん、そして私へと
しっかり紡がれているよ。

会いたい。
優しいけどすぐ怒る
人間臭い、何とも人間臭い おばあちゃんに。


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毎日が命日

 2014-03-12
昨日 3月11日の午後2時過ぎ
電車内では、
「46分になりましたら一時停止をし、その後、減速して運転を行います」
と、アナウンスがあった。

震災から3年か・・・・・。

何でだかわからないけど、
そのアナウンスを聞いていたら、涙が出て来た。

家に帰って来てテレビを点けると
やっぱり被災地での特集をやっていて

震災で息子さんを亡くしたと言う、あるお父さんは
「今日でちょうど3年経ちますが、息子さんには何を話されたんですか?」
の問いに
「そんなの関係ないよ。
私には毎日が命日みたいなもんだから。
でも今日は、みんなが来てくれたよ、って話したよ」

そう言っていた。

そうだよね・・・・・

私も、被災はしていないけど
14年前から「毎日が命日」と
よく書いたり言ったりしているから、とても共感した。
(勿論、被災した人の気持ちは、想像することしか出来ないけれど)

3月11日だけじゃないんだよね。
何日だろうと、失った対象を忘れることなんかない。

命日はあっても
その日以外は忘れる なんてことないんだよね。

毎日毎日、失ったその人ばかりを思ってる。

一見、落ち着いて過ごしているようでもそうじゃない。
何を見ても失った人と結び付けて考えちゃうんだよね。
歩く若い子を見て、
ああ、あの子は、もうこのくらいにはなっていただろう・・とか、
テレビを見て、
ああ・・あの子は、この芸能人が好きだったなあ・・とか

「いつまでも悲しんでると、亡くなった人も浮かばれないよ」
とか言われても

そう簡単に悲しみは癒えるもんじゃない。

だから、毎日が命日 なんだよね。


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節電はしません

 2012-06-23
我が家は20アンペア・160KWh(キロワットアワー)です。
月々の電気料金は3千円前後。

20アンペアと言うのは、
ドライアーと電子レンジを同時に使うとブレイカーが落ちる
そんな程度の電力です。

つまり節電なんかしなくても
元々電力なんか大して使ってないんです。

原発事故が起きた当初から予想はしてましたが
こんな程度の家でも電気料金値上げのお通知・・・・・。

元々、テレビ、つまり政府の言うこと、と言うのは
「どこまでが本当なんだか・・」くらいに思って聞いてました。

でも、震災以降
「基本テレビの言うことはウソ」
と言うスタンスで聞くようになりました。

以前にも書きましたが、
最も電力を浮かすことが出来るのは
各テレビ局の照明、空調です。


原発事故以降、日本人は皆異口同音に
「あんなことがあったんだから少しくらいは我慢しなきゃ」
と言ってます。
特に、我々東京都民は、
最も原発の恩恵を受けていることを知ってますから。

だからと言って
そこに見事に付け込むような真似。
計画停電 なんてバカなことまで実施されたんですよ・・・。
その挙句が値上げですか?

私は節電なんかしません。

一般庶民に節電を強いるなら
先ずテレビ局各局が、輪番制にして停電にしなさい。


1局で十分です。1局だけ番組をやって
あとは交通情報、地震速報、災害情報、気象予報だけ流しておけば
照明も空調も使わずに済むでしょう?
いちばん節電しなきゃいけないのは、「節電節電」と
凄まじい照明の下で言ってるテレビ局のほうです。

機会があったら一度あのテレビ局のスタジオ、
見学に行ってみると良いですよ。
去年、「節電」「節電」と言われ始めた頃、
私は真っ先に尋常でないあのテレビ局のスタジオの照明を思い出し
こんなに暗い自分ちで節電かよ・・と、心底バカバカしくなりました。

あんな、出演者が楽しむため だけ の、雑音番組意味ないです。
最近では腹を立てる、と言うより
「随分と楽しそうで、これでギャラもらえるなら良いわねー」
と思うようになりました~@@

事実を報道しない、クソつまんない番組ならやめなさい。
凄まじい電力の無駄使いです。

渋谷、汐留、赤坂、台場、六本木、品川、と各局の中に
ひとつやふたつじゃないんですよ。
幾つもスタジオってあるんですからね。

私は、自分の権利ばかりを主張する人が嫌いです。
だからきちんと電気代もお支払いします。
でも、一般庶民に節電を呼びかけるなら、テレビ局も節電しなさい、
と言う、至極当然のことを言っているだけです。

ご苦労様な夏
カテゴリ :震災に思う トラックバック(-) コメント(6)
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あの日・あの時間

 2012-03-12
去年の昨日のあの時間、やっぱり忘れられなかった。
私は電車内にいて、激しく長時間に渡る揺れに、尋常でないと、
一瞬全てを覚悟した。

だけど、3駅分歩いて家に辿り着いてテレビを観て、
余りの惨状に愕然とした。

昨日、地震発生時刻の2時46分、日本中が各地で
亡くなった人たちを思って、皆が足を止めたのね・・・。

私は、仏壇に線香をあげました。

そう。大正12年9月1日・関東大震災を経験してる、
私のおばあちゃんに。

おばあちゃんは関東大震災を経験したんやろ?
東北や関東でもまた、大きな地震が起きたんや。
おばあちゃんはそっちでは尼さんなんやろ?
なら、そっちへ行った人たちを慰めてやってや。

そんなことを呟きながら。
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一人だよ・・・

 2012-03-08
3.11と言う、あの震災があったから仕方ないけど、
テレビでは、どの局でも、震災以降、
愛とか、絆とか、ひとつになろう とかのスローガン、

「一人じゃないよ」とか、「笑って」とか、
「手を繋いで」とか、「歩いて行こうよ」とか、
その手の歌が、やたら多くなった。

それを聞く度、一人だよ、これ以上笑えないよ・・
繋ぐ手、ねえよ、もう歩けねえよ・・・

と、思って、落ち込みが酷くなる。

被災者の人たちはもっともっと辛い思いをしても頑張っているのに
何を言うか?
いや、苦しみは、比較するものじゃないと思う。

私には、ああ言う歌は、余計に孤独を感じさせる。

著名人、テレビ各局、全ての目が
被災者に向けられているかの如く「創られ」て、
去年の今頃よりもっと、孤独になっている。
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