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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
震災後、まだ間もないから
テレビやネット、あちこちで復興支援の輪が盛んに広がっている。
しかしこれが50年、100年経ったときどうなるのか・・
なんて考えてみたりする。

大正12年・関東大震災のときは、今ほど情報はなかったが
これも大規模な地震で、
正座したまま縦に1メートルくらいバンバン体が跳ねたんだよ!ナレイちゃん!
こうやって!

と、体当たり演技?と共に^^
昭和の当時健在だった祖母が、何度も語ってくれたことをよく覚えている。

この関東大震災は後々「日本沈没」などのフィクションと言う形で
映画化されたり、SF小説化されたり、

つまり、何十年と経つうちに、
それだけ非日常の出来事と化して行ったと言うことなのだろう。

東日本大震災は、
歴史の教科書には間違いなく記されることになるだろう。
けど、
世代が変わるうちにいずれまた忘れられて行くとしたら、
悲しいね。

仮設住宅への入居、お金の融資もスムーズに行っているかの如く
報じられているけれど、

私はいつも、未だに住む家さえない人を思う。

ひとは、いつの世も
目に見えるものには敏感に反応するけれど、
目に見えない苦しみには、至って鈍感なものだと実感する。

苦しみは、むしろ 目に見えないものの方が多いのに。

どんなに皆が忘れ去った今でも
私が生きている限り、
関東大震災のときのおばあちゃんの存在は

東日本大震災のあの日に、私の記憶の中に
しっかりと存在していることを
改めて感じた。

誰も知らない、おばあちゃんの歴史とその存在は
せめて私が生きている限りは、絶やしたくないからね。

そして今尚、映像に映らない所で
苦しんでいる人のことも。
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【2011/06/20 06:07】 | 震災に思う
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