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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
【交通事故で最愛のひとを亡くしてしまった人がある。
この人は素朴に尋ねるに違いない。
「あの人は なぜ 死んでしまったのか」と。
医者は「頭部外傷により云々・・」と答えるであろう。
この答えは間違ってはいない。間違ってはいないが
この人を納得させはしない。
医者はこの人の質問の Why をいかに Howに変えて
答えを出したからである。
How did  he die?(いかにして彼は死んだか)について
答えを出したのである。
(中略)
しかしこの輝かしい理論体系は
我々の患者の素朴な なぜ に何らの解答も与えてはくれない。
実のところ、心理療法家とは、この素朴にして困難な why 
の前に立つことを余儀なくされた人間である。
たとえ、この Why に直接的に解答を与えられぬにしても、
この Why の道を追求しようとする一人の悲しい人間と共に歩もうとの
姿勢を崩さぬものである。】

河合隼雄著「ユング心理学入門」より一部抜粋

人間は、深い悲しみに暮れているとき
「死因」の説明なんかで納得出来る訳もない。
ただ「なぜ?」「どうして?」ばかりが心を巡る。
悔いやら自責やら、そんな思いに苛まれて。

悩み苦しんでいるとき
Howの解答をいくら並べても
つまり「こうすれば良い」「ああすれば良い」と言う解答を与えることは
それが善意とわかっていても
却って苦しむ人を傷つける結果になる。

人間と言うのは
数字みたいに割り切れない感情を沢山持っているからこそ人間だし、
数学の公式の解を導き出すみたいに、
正解がひとつに決まっている訳でもない。

どんな公式にも当てはまらないから人間だったりするし
安易に分析なんか出来ないし
正解や不正解 なんてないから人間だったりする。

だからこそ、河合せんせやセラピスト・ハッチみたいな人たちは
私たちの「素朴にして困難なWhy」の前に立ってくれている。

私は長い長い時間「Why?」「Why?」と問い続ける。
ハッチにも直接的、知的な解答は出せない。

でも、やがて私の心が、「Why」に対する解答ではなく
別次元での解決へ至る道を見つけられるよう
彼らの精神療法は、あるのだなあ・・・といつも思う。

ハッチの精神療法





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FC2blog テーマ:対人恐怖症・社会不安障害 - ジャンル:心と身体

【2013/03/07 05:02】 | 精神療法
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