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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私がブログを書いているのは
ただ自分の思いを綴りたいから。

病気のことだけじゃなくて
いろんなこと、感じたこと、考えたことを
ただ書きたいから。

結果的にそれが読み手の皆さんの共感を得れば
とても嬉しいし。

作家でも何でもない私は
これでも全体公開。
相当な配慮・ジャッジを自らした上で記事をアップしてる。

それでも、言葉を発すること自体
必ずどこかで誰かが傷ついていることは避けられない。

お天気の話をしても、傷つく人はいる。

昨日?おととい?の朝生、
「体罰問題」がテーマだった。

なんでこのことに誰も触れないの・・・?
と、ずっと思っていたことに
和田中学校で有名な藤原和博(ふじはらかずひろ)氏が
ようやく触れてくれた。

「小中学校では、自分の意見を言える子を育ててないんですよ。
教え込むばっかりで。それでは議論なんか起こらないし。
例えばここでバトルになりますよね、良いと思うんですよね。
それを学校文化って嫌うんですよ。
すぐ人格否定じゃないか、みたいなカンジで
傷つけたらやだ、傷ついたらやだ、みたいなカンジで。」
みたいなことを。

そこで思想家の東浩紀(あずまひろき)氏

仰る通りでね、
心が傷ついたらそれはもう 暴力 って話になってる訳ですよ。

(中略)
小学校、中学校の段階で、
言葉って言うのはひとを傷つけるものだってことを
教えるべきだと思うんですよ。
傷つけることを抜きに議論なんて出来ないですよ。
僕はやっぱり日本に欠けてるのがこの問題だと思ってて
この土壌がない所で民主主義は育たないし
またこの土壌がない所で「言葉の暴力」と言う言葉が一人歩きすると
これはもう大変なことになってしまうんですよね。
みんなが黙るしかなくなってしまう。


よく言ってくれました、ありがとう、東さん。

私の世代も何の議論もさせず、
ただクソつまんない漢字の読み書きとかそんなんばっか・・・
国語教育はデイベートに尽きると言っても過言じゃないと思います。
そうやって行くうち、子供たちに思考力が身につくのだと思います。
「お前は間違ってる!」と言われても
決して人格まで否定している訳ではないとわかるはずです。

私は学内サイトではもっと過激な毒吐き日記をさんざん書いて来ました。
でも、反論も含め、あらゆるコメントがそこに殺到することで
私は実に楽しかったですけどね。

社会不安障害の私が
なんで緊張しつつも議論出来るようになったかと言えば
そうねえ・・
何より、自分の中学校が大嫌いと言う反発から、
自分の意見が芽生えるようになった気がします。

何でもかんでも「言葉の暴力だ」と言われてしまったら
私はもう 失語症 になるしかありません。





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【2013/02/24 03:55】 | 「軽い変態」から見る社会
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