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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私たちは、ただ生かされてる。

その命の灯が消えるまで、
ただ生かされるままに生きるのみ。

幸せもない
不幸もない
生きる価値も
意味も

本当は、何も無い。

だけど、それじゃあ誰も生きられないから
「誰かのために生きる」とか
「何かのために生きる」とか
絆とか夢だとか、
そう言う幻想を抱くことで
何とか生きようとする。

「何かの役に立ちたい」と思ってても
役に立たないときは役に立たない。
「世のため、ひとのために生きる」なんて思ってても
それらは全て自分のためだ。
それで良い。

病気じゃない人は、
それこそが真実 と思って生きていても
問題はないだろう、きっと。

信じるのは自由だしね。

でも神経症者の抱く幻想は、私も含め、桁外れに大きい。
現実の自分とはおよそかけ離れている。
だから、症状が、現実に見合う形で出現し
バランスを取る、と言う訳だ。
神経症症状は、幻想の自分と現実の自分との妥協の産物
と言われる所以である。

そんな桁外れに大きい幻想を全て捨てるのは至難の業だ。
どうしても、世俗的、物理的に満たされていることを
「幸せ」と思い込んで、
それを欲しがってしまうから、辛くなる。

でももう少し捨てても良いんじゃないか?
もうちょっとで捨てられるんじゃないか?
といつも思いながら
今日も頭にかかった霧は晴れない。
重たい身体を引きずるようにして、外へ出る。

人生なんて、
死ぬまでのほんの僅かな仮の宿に過ぎないのに
悩むなんて実にくだらない、と思う。

人間の頭は大きくなり過ぎた。
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FC2blog テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

【2013/02/16 05:02】 | つくづく思うこと
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Re: guestさん
ナレイ
コメント、ありがとう。

煩悩が、大き過ぎるのが私。

それでも楽しいなら全然かまわないけど、それが辛いから困るのよ。

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コメント
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/04/15(Tue) 08:44 |   |  #[ 編集]
Re: guestさん
コメント、ありがとう。

煩悩が、大き過ぎるのが私。

それでも楽しいなら全然かまわないけど、それが辛いから困るのよ。
2014/04/15(Tue) 10:15 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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