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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
1999年11月10日午前3時33分。そのときのまま。

今から13年前で止まったままだった私の中の時計の針が、
交通事故に遭ったことで、ほんの少しだけど
動き出したのかも知れない。

脳外科と、精神科の因果関係はわからないけど、

頭を強く打ったときの衝撃で、
何かが変わったのは確かだ。

私の心は37歳のときのままで
私にとっては
オウム真理教事件も、阪神淡路大震災もまだ最近の出来事で

周りの時計だけが凄いスピードでどんどん進んで行った。
自分の年だけはどんどん取って50歳になった。

何度正月が来て
何度、友人から
「子供が生まれました」と写真入りの年賀状が来ても
「子供が小学校に入学しました」と年賀状が来ても
「子供が中学校に入学しました」と年賀状が来ても
私は37歳・独身のまま・・・・・・。

37歳にしちゃ、随分老けてるのね・・・
と毎年毎年、思いながら。

症状が悪化したのも、
一人でいても激しい緊張状態に襲われて、眠るか死ぬか、
しかなくなったのも
長い間錆びついたまま、動くことのなかった時計の針が
激しい衝撃で動き出したせい だったのかも知れない。

それはほんの僅か、1分、いや1秒程度の動きだったと思う。
それでも37歳のまま錆びついていた時計を抱えた私は、
「やめて!怖い!痛い!」と、
大きく心乱れたのかも知れない。

この13年間を取り戻すのに、
どれだけの時間を要するのだろう。
いや、13年どころじゃないのかも知れない。
50年分取り戻すしかないのかも知れない。

それでも生きていくしかないのかな、と
毎年この時期になると思う。

この僅かな動きは
例えば、池の静かな水面に小石を投げられて
一気に波紋が広がったような、
そんな感覚で。
それは良いこと なのかも知れないけど、
とても際どく、危うく、脆い自分を感じる。

よく生きてるね、と自分でも思う。

♪I've   my   share  of  sand  kickd  in  my  face
But  I'd  come  through!

(何度打ちのめされても生き延びて来たんだ)

私はチャンピオンでも何でもない、
ただの無名な凡人だけど、
まさに、このフレーズみたい。

人生の道は、長いのね。
本当に。
121227_1405~01


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FC2blog テーマ:対人恐怖症・社会不安障害 - ジャンル:心と身体

【2012/12/29 06:02】 | 交通事故に遭って思うこと
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おはようございます。
zinc

37歳のままでいいと思います。

死ぬまで、37歳のままでいいと思います。

私はそう思います。

Re: おはようございます。
ナレイ
zincさん
コメント、ありがとうございます。

37歳のまま・・・
あのときのままでは
私の呪縛は解けません。

大人にならなきゃいけないとか、
そんなことは思ってません。

若い頃のままでも、それが良いときだったなら
37歳のままでも、20歳のままでも良いと
私も思います。

でも私の止まった時計は、
母の凄まじい拷問のような臨終場面で止まったままなんです。

だから、動かしてあげないと
苦しいままなんです。

連投です。
zinc

それは、お母さんを心から消す、ということですか?

Re: 連投です。
ナレイ
zincさん
最コメント、ありがとうございます。

違います。
消す と言うこととは全く。

私はまだ母を失った事実さえ受け入れられずにいます。
それどころか、まだ母との共依存関係から抜けられずにいます。

そこから抜けて
更に、「お母さんはもうこの世にいない」事実を受け入れて
悲しみ、失った人をあきらめる
喪の仕事をしなくてはなりません。

長い長い道のりです。

了解。
zinc

納得し、理解いたしました。

度々、失礼しました ・ ・ ・ 。


カプチ
おはようございます。

長年御疲れさまでした。
もしこれで本来の自分を取り戻せるようになったら
本当にすごい事だと思います。
チャンピオンよりも。
で、そのためには
大きなものを深く理解し、信じ、そしてそれに身を任せることだと思います。
是非、この大きなものを見つけて下さい。
抽象的ですが、わかりますよね。


Re: 了解。
ナレイ
zincさん

わかって頂けて嬉しいです。
活字だけなのに。

ありがとうございます。

Re: カプチさん
ナレイ
おはようございます。
コメント、おおきに~

どーーーしてもこの時期になると
こういうことを考えてしまいます。

>大きなものを深く理解し、信じ、そしてそれに身を任せることだと思います。
>是非、この大きなものを見つけて下さい。
>抽象的ですが、わかりますよね。
わかります!

ただ、まだまだ時間はかかると思います。
本当に理屈でなく、ハッチ流に言う、
「感じられる」ようになるまでには。

それでも、事故のお陰で「私の中の何かが変わった・・・」
少なくともハッチは、セラピストとして
私の今の変化を「単なる症状の悪化」とは見ていません。

それを信じてみたいと思います。

ありがとう。

悲嘆は必要だった
ホヌ
こんばんはナレイさん。

前に ナレイさんと話した「喪の仕事」。


気を張り詰めて いつまでも悲しまず元気で明るく振る舞う事が親への供養・・・と思い 思わされて「喪の仕事」を怠った代償は大きいね。

私も 27年前と10年前と 二回とも「喪の仕事」を怠った私もきっと、受け入れて行く旅の途中な気がします。

深層の中の「拒否」って えげつないよ。

Re: 悲嘆は必要だった
ナレイ
ホヌさん
コメント、ありがとう。

私の場合は、元気に振る舞うことが供養 と言うより
張り詰めたままで元気に振る舞うしかなかった と言うカンジかな。
供養 なんて考えたことはなかったよ。
今でも 供養 と言われてもピンと来ないまま・・・・。

だって、まだ私の中では母は死んでないんだから。
知的障害な訳ではないから、頭では「死んじゃったんだ」とわかっていても
感情や感覚の部分で、明らかに母の死を未だに受け入れていない自分を感じるの。

そして最近のハッチとのセッションの中で
私はまだ母との関係が「喪の仕事」以前だった・・と言うことも見えて来た。
まだ母との共依存の中にいて、生々しいままの母が私の中で生きている・・・。
それはずっと感じて来たことだけどね。

そっからか・・・と思うと気が遠くなるような作業だけど
いつか母を、生々しいリアルな存在 としてでなく、
心の中に「良き思い出」として、「失った大切な人」として
残してあげるために必要なことなんだろうね。

喪の仕事はまだ先になりそうだけど、
いつかちゃんと、思い切り泣いて、悲しんで
そして母がもうこの世にいないことを受け入れたいと思う。


なんか・・・
ホヌ
ナレイさん、なんか私 「ピクッ。ズシッ」っていう音がした。

> 張り詰めたままで元気に振る舞うしかなかった 
>まだ私の中では母は死んでないんだから。
頭では「死んじゃったんだ」とわかっていても感情や感覚の部分で、明らかに母の死を未だに受け入れていない自分を感じるの。

このナレイさんの言葉に。


そして この感覚で頭に浮かんだのは「父親」の方だ。

母親の時は「喪の仕事」を怠ったということを 今はちゃんと把握できてる。

足元をすくわれた感の自覚もある。


でも あんなに父のくっつき虫だった私、そういえば 「ちゃんと死んで もう居ない」感を 改めて考えたこともなければ 受け止めたこともなかった。
ナレイさんの言葉に反応してる自分が今いた。

ポーッと いる。


なんか嫌な感覚・・・
なにこれ。



Re: なんか・・・
ナレイ
ホヌさん
コメント、ありがとう。

お父さんとのことが
ホヌさんにとって、大事なのかも知れないね。

>ナレイさんの言葉に反応してる自分が今いた。
>ポーッと いる。
>なんか嫌な感覚・・・
>なにこれ。

嫌かも知れないけど、その感覚、あまり理屈で考えようとしたり、
追求しようとしたりしないで、
そっとしといてあげて。
いじらないで。

そのままにしといてあげて。

その感覚をそのまま、主治医の先生の所に持って行って
話してみて。

そのほうが良いと思う。




何度もごめんなさい
ホヌ
うん。

また ちゃんと話すよ。

なんて話していいかもわからない事も。


ナレイさん ありがとう・・・

Re: 何度もごめんなさい
ナレイ
ホヌさん

ええんよ。

ただこういう話は大事なことだから、

私なんかが想像だけであれやこれや言わないほうが良いからね。

やっぱり主治医の先生に話すことがいちばんよ。

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コメント
この記事へのコメント
おはようございます。

37歳のままでいいと思います。

死ぬまで、37歳のままでいいと思います。

私はそう思います。
2012/12/29(Sat) 08:12 | URL  | zinc #-[ 編集]
Re: おはようございます。
zincさん
コメント、ありがとうございます。

37歳のまま・・・
あのときのままでは
私の呪縛は解けません。

大人にならなきゃいけないとか、
そんなことは思ってません。

若い頃のままでも、それが良いときだったなら
37歳のままでも、20歳のままでも良いと
私も思います。

でも私の止まった時計は、
母の凄まじい拷問のような臨終場面で止まったままなんです。

だから、動かしてあげないと
苦しいままなんです。
2012/12/29(Sat) 08:21 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
連投です。

それは、お母さんを心から消す、ということですか?
2012/12/29(Sat) 08:45 | URL  | zinc #-[ 編集]
Re: 連投です。
zincさん
最コメント、ありがとうございます。

違います。
消す と言うこととは全く。

私はまだ母を失った事実さえ受け入れられずにいます。
それどころか、まだ母との共依存関係から抜けられずにいます。

そこから抜けて
更に、「お母さんはもうこの世にいない」事実を受け入れて
悲しみ、失った人をあきらめる
喪の仕事をしなくてはなりません。

長い長い道のりです。
2012/12/29(Sat) 09:12 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
了解。

納得し、理解いたしました。

度々、失礼しました ・ ・ ・ 。
2012/12/29(Sat) 09:28 | URL  | zinc #-[ 編集]
おはようございます。

長年御疲れさまでした。
もしこれで本来の自分を取り戻せるようになったら
本当にすごい事だと思います。
チャンピオンよりも。
で、そのためには
大きなものを深く理解し、信じ、そしてそれに身を任せることだと思います。
是非、この大きなものを見つけて下さい。
抽象的ですが、わかりますよね。
2012/12/29(Sat) 09:29 | URL  | カプチ #-[ 編集]
Re: 了解。
zincさん

わかって頂けて嬉しいです。
活字だけなのに。

ありがとうございます。
2012/12/29(Sat) 09:31 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
Re: カプチさん
おはようございます。
コメント、おおきに~

どーーーしてもこの時期になると
こういうことを考えてしまいます。

>大きなものを深く理解し、信じ、そしてそれに身を任せることだと思います。
>是非、この大きなものを見つけて下さい。
>抽象的ですが、わかりますよね。
わかります!

ただ、まだまだ時間はかかると思います。
本当に理屈でなく、ハッチ流に言う、
「感じられる」ようになるまでには。

それでも、事故のお陰で「私の中の何かが変わった・・・」
少なくともハッチは、セラピストとして
私の今の変化を「単なる症状の悪化」とは見ていません。

それを信じてみたいと思います。

ありがとう。
2012/12/29(Sat) 09:38 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
悲嘆は必要だった
こんばんはナレイさん。

前に ナレイさんと話した「喪の仕事」。


気を張り詰めて いつまでも悲しまず元気で明るく振る舞う事が親への供養・・・と思い 思わされて「喪の仕事」を怠った代償は大きいね。

私も 27年前と10年前と 二回とも「喪の仕事」を怠った私もきっと、受け入れて行く旅の途中な気がします。

深層の中の「拒否」って えげつないよ。
2012/12/30(Sun) 01:04 | URL  | ホヌ #-[ 編集]
Re: 悲嘆は必要だった
ホヌさん
コメント、ありがとう。

私の場合は、元気に振る舞うことが供養 と言うより
張り詰めたままで元気に振る舞うしかなかった と言うカンジかな。
供養 なんて考えたことはなかったよ。
今でも 供養 と言われてもピンと来ないまま・・・・。

だって、まだ私の中では母は死んでないんだから。
知的障害な訳ではないから、頭では「死んじゃったんだ」とわかっていても
感情や感覚の部分で、明らかに母の死を未だに受け入れていない自分を感じるの。

そして最近のハッチとのセッションの中で
私はまだ母との関係が「喪の仕事」以前だった・・と言うことも見えて来た。
まだ母との共依存の中にいて、生々しいままの母が私の中で生きている・・・。
それはずっと感じて来たことだけどね。

そっからか・・・と思うと気が遠くなるような作業だけど
いつか母を、生々しいリアルな存在 としてでなく、
心の中に「良き思い出」として、「失った大切な人」として
残してあげるために必要なことなんだろうね。

喪の仕事はまだ先になりそうだけど、
いつかちゃんと、思い切り泣いて、悲しんで
そして母がもうこの世にいないことを受け入れたいと思う。
2012/12/30(Sun) 05:50 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
なんか・・・
ナレイさん、なんか私 「ピクッ。ズシッ」っていう音がした。

> 張り詰めたままで元気に振る舞うしかなかった 
>まだ私の中では母は死んでないんだから。
頭では「死んじゃったんだ」とわかっていても感情や感覚の部分で、明らかに母の死を未だに受け入れていない自分を感じるの。

このナレイさんの言葉に。


そして この感覚で頭に浮かんだのは「父親」の方だ。

母親の時は「喪の仕事」を怠ったということを 今はちゃんと把握できてる。

足元をすくわれた感の自覚もある。


でも あんなに父のくっつき虫だった私、そういえば 「ちゃんと死んで もう居ない」感を 改めて考えたこともなければ 受け止めたこともなかった。
ナレイさんの言葉に反応してる自分が今いた。

ポーッと いる。


なんか嫌な感覚・・・
なにこれ。

2012/12/30(Sun) 12:46 | URL  | ホヌ #-[ 編集]
Re: なんか・・・
ホヌさん
コメント、ありがとう。

お父さんとのことが
ホヌさんにとって、大事なのかも知れないね。

>ナレイさんの言葉に反応してる自分が今いた。
>ポーッと いる。
>なんか嫌な感覚・・・
>なにこれ。

嫌かも知れないけど、その感覚、あまり理屈で考えようとしたり、
追求しようとしたりしないで、
そっとしといてあげて。
いじらないで。

そのままにしといてあげて。

その感覚をそのまま、主治医の先生の所に持って行って
話してみて。

そのほうが良いと思う。


2012/12/30(Sun) 14:01 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
何度もごめんなさい
うん。

また ちゃんと話すよ。

なんて話していいかもわからない事も。


ナレイさん ありがとう・・・
2012/12/30(Sun) 14:37 | URL  | ホヌ #-[ 編集]
Re: 何度もごめんなさい
ホヌさん

ええんよ。

ただこういう話は大事なことだから、

私なんかが想像だけであれやこれや言わないほうが良いからね。

やっぱり主治医の先生に話すことがいちばんよ。
2012/12/30(Sun) 16:23 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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