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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
昨日ちょっとしたきっかけがあって
予期恐怖のことを思い出していた。

昔はよく電車の車内刷りで
「あがり、対人恐怖、、赤面、震えは治ります」
と言った広告を目にした。

今でも混同されて語られているようだが、
あがり と 対人恐怖(社会不安障害)は違う。

私の友人などにもよく勘違いされたものだが
「自己紹介のときとか私も同じだよ!
心臓ドキドキバクバクして
何話してるのかわかんなくなっちゃうの~
頭真っ白で」

確かに 状況 は同じなのかも知れない。
いやしかし、あの状況はもはや緊張と言うより
「状況誘発性のパニック発作」
と言われるように、パニックに近い。

とにかく、あがり に予期恐怖はない。

私が自分のかつてを思い起こしてみると、
その場 よりむしろ、
その場 を迎えるまでの期間
あのときの方が地獄だった気がする。

社会不安障害克服!を謳ったネットにも
「ドキドキして震えが止まらず・・」と言う
その場の状況はよく目にするが、

予期恐怖。私にはこれが最も地獄だった。

その場 をあれこれ想定しては
何とか上手くいかないものか、
何とか回避出来ないものかと
あれやこれや考えては
悶々としているあの時間と言うのは、
とてつもなく長く感じられ、

周りの人たちだけが
穏やかに過ごしているかのように思えて
忌まわしいものだった。

むしろその場は僅か1時間だったり、
場合によっては15分だったり、
とにかく確実に過ぎ去ると解っているのに、

その場を何とか上手くやりおおせたい・・!
と、そのことだけに囚われる、
囚われれば神経は当然手に集中する
そして自ら症状を悪化させているのである。

解っていてもやめられない・・

袋小路のような20代だった。

そんな忌まわしい地獄のような症状だが、
やはりそれを持つ 意味 があるのである。

「代理満足」と言ったりするのだが、

神経症の症状は「こうありたい」幻想の自分と
「そうはなれない」現実の自分との
「妥協の産物」であると言われる。

私で言えば
「常に冷静で堂々とした自分」と
「気が弱くて感情的な自分」との妥協の産物が
震え の症状 と言うことになる。

つまり、症状を持っていれば、
「こうありたい自分」は壊されることなく
現実の自分は受け入れずに済む 
と言うことである。

これに気づくまでには
本当に長い長い時間を要した。

勿論、今だって
ヘタレで感情的な自分を受け入れられた
と言う訳ではない。

しかし、これに気づいただけでも
私は随分と楽になった。

そして症状を持つ自分を
許してやれるようにもなった。
許してやれると、必然的に症状も軽減した。

「しょうがないけどなんかかわいいじゃん自分」と
自分に対しても
優しい気持ちになれるようになった。

まあまあ、それだけでも
進歩なんじゃないかなあ。

症状はまだ一緒でもさ。

さぞやじれったかったろうに、
余計なことは一切言わず、
ただ私の訴えを聞き、共感し
素朴に質問を返し、数少ないけど貴重な
言葉をくれた
こんな私を受け入れてくれた
セラピストたちのお陰です。

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FC2blog テーマ:対人恐怖症・社会不安障害 - ジャンル:心と身体

【2011/06/04 06:54】 | 深層心理
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