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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
昨日、「私は貝になりたい」中居正広主演のドラマをやってた。
個人的には、最初のフランキー堺主演や、
所ジョージのほうが断然良かったけど。

所さん、本気で泣きじゃくってて、良かったんだけどねえ・・・。
現代は、どうしてもビジュアルだけで
キャスティングする傾向にあるから厳しいね・・・。

でもなんて言うか・・夏はやっぱり切ないね。
母から聞かされた話と当時の映像が重なって
まるで自分の記憶のように
焼け野原が、鮮明に蘇って来る。

終戦記念日の昨日
若い女の子が
「平和な今に生れて良かった」とか言ってたけど
本当に今は平和なの?
本当に民主主義の世の中なの?

私にはよくわからないわ。

今でこそ「御国の為に死ぬ」とか「一億火の玉」なんて軍国教育を
あり得ないと笑うけど
今だって、いろんな操作がされているはず。
ただ昔より巧妙になったと言うだけでね。

庶民はいつも、虫けら同然に殺されて行く
それだけは、昔も今も変わらない。


「私は貝になりたい」の舞台になった巣鴨プリズンの跡地は、
東京都豊島区東池袋のサンシャイン60ビルの
敷地の中にあった気が。

昔、歩いてて目に止まった。
こんなに小さい跡地なのね・・と思ったのでよく覚えてる。

「私は貝になりたい」はあくまでフィクションとわかっていても
東京裁判、巣鴨プリズンと聞くと
どうしても「私は貝になりたい」を思い出してしまう私。

やれ水族館だプラネタリウムだ洋服だ食事だと
いまや
♪戦争を知らない子供たち と言う歌さえ知らない若い世代で、
サンシャインは連日溢れ返ってる。

「私は貝になりたい」
のラストの台詞が大好きだった。

ふさえ、賢一、直子、さようなら。
お父さんは もう2時間ほどで、死んでいきます。

お前たちから離れ、遠い 遠い所へ行ってしまいます。

もう一度会いたい。
もう一度みんなと暮らしたい。

許してもらえるのなら、
手が一本、足が一本もげても
お前たちと一緒に暮らしたい。

でも もう それは出来ません。

せめて せめて
生まれ変わることが出来るのなら

いいえ お父さんは もう
人間にはなりたくありません。
人間なんて嫌だ。
牛か馬のほうが良い。
いや、牛か馬なら
また人間に酷い目に遭わされる。

いっそのこと 誰も知らない
深い 深い 海の底の貝・・・・
そうだ、貝が良い。
深い海の底の貝だったら
戦争もない、
兵隊に取られることもない。

深い海の底の貝だったら
戦争もない
ふさえや賢一、直子を心配することもない。

どうしても
生まれ変わらなければならないのだとしたら

私は

貝になりたい。


(これ、私の耳だけ頼りです。
フランキー堺版では直子は出て来ませんでした)

この台詞を初めて聞いたとき、無性に共感を覚えた。
私も、もう生まれ変わりたくなんかないけど、
生まれ変わるしかないのだとしたら、
人間にだけはなりたくない。

貝とか、水とか、酸素とか、そんな、何も考えなくて良い
自然の一部になりたいな。
ひとで
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FC2blog テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

【2012/08/16 05:26】 | 映画、ドラマ、音楽 favorite
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カプチ
おはようございます。

>庶民はいつも、虫けら同然に殺されて行く
 それだけは、昔も今も変わらない。
意識していない人もいるかもしれませんが
その通りだと思います。
個人の努力などではどうしようもない
大きな波に翻弄され
それでも生きていくしかない
そんなものなのでしょう。
貧乏でもいいから
感動も小さくていいから
穏やかに暮らせる日は来ないものか、
そんなことばかり考えています。

Re: カプチさん
ナレイ
こんにちは。
コメント、ありがとうございます。

毎年夏になると、思い出されてならないんです。
虫けら同然に殺されて行った人たちのことを。
母から何度も聞いた戦争中の話を。

我が家の家系と言うか血筋・・でしょうか。
昨日の記事のおばあちゃんも、母も、そして私も
なんと言うか・・・話をするときと言うのがまた
演技派で、抑揚たっぷりに、身体を張って語り聞かせるので
よりリアルに私に響いて来るんです。

だから、自分が体験したことのようになっているのだと思います。

> 個人の努力などではどうしようもない
> 大きな波に翻弄され
いつもこれを感じます。
何か、「意図的な」大きな波に翻弄されているように感じることもあります。

だから、我々庶民が穏やかに暮らせる日が
いつまで経っても来ないんじゃないかと。

私たちも、所詮は虫けらなのだとしたら、
カプチさんのブログタイトルじゃないけど
いっそ本物の虫になりたい、
そう思えてなりません。

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コメント
この記事へのコメント
おはようございます。

>庶民はいつも、虫けら同然に殺されて行く
 それだけは、昔も今も変わらない。
意識していない人もいるかもしれませんが
その通りだと思います。
個人の努力などではどうしようもない
大きな波に翻弄され
それでも生きていくしかない
そんなものなのでしょう。
貧乏でもいいから
感動も小さくていいから
穏やかに暮らせる日は来ないものか、
そんなことばかり考えています。
2012/08/16(Thu) 10:01 | URL  | カプチ #-[ 編集]
Re: カプチさん
こんにちは。
コメント、ありがとうございます。

毎年夏になると、思い出されてならないんです。
虫けら同然に殺されて行った人たちのことを。
母から何度も聞いた戦争中の話を。

我が家の家系と言うか血筋・・でしょうか。
昨日の記事のおばあちゃんも、母も、そして私も
なんと言うか・・・話をするときと言うのがまた
演技派で、抑揚たっぷりに、身体を張って語り聞かせるので
よりリアルに私に響いて来るんです。

だから、自分が体験したことのようになっているのだと思います。

> 個人の努力などではどうしようもない
> 大きな波に翻弄され
いつもこれを感じます。
何か、「意図的な」大きな波に翻弄されているように感じることもあります。

だから、我々庶民が穏やかに暮らせる日が
いつまで経っても来ないんじゃないかと。

私たちも、所詮は虫けらなのだとしたら、
カプチさんのブログタイトルじゃないけど
いっそ本物の虫になりたい、
そう思えてなりません。
2012/08/16(Thu) 14:03 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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