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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
動物ー人間も含めて、
命をめぐる現場は、キレイごとじゃない。
当然のことながらドラマに出て来るような天才外科医
が一人で大活躍 なんてある訳もない。

「きゃー!パンダかわいいー!」「名前はミンミンが良いんじゃない?」
なんて
パンダ出産に世間が湧くその裏でもきっと
沢山の名も無い人たちがパンダの成長を支えているのが現場だろう。
だからこそ逆に喜びを分かち合えるひとときも、
感動を分かち合えるひとときも生まれる。

19歳当時、トリマー養成学校に通っていた私たち仲間は、
ひょんなきっかけから上野動物園で
特別に動物たちと触れ合わせてもらえることになった。

まだ若い私たちは大喜びでチンパンジーを抱っこしたり、
パンダに餌を与えたり、キャーキャーとはしゃいでいた。
 
柔和な優しい目をした飼育係長だったが、
これはこうやってはしゃいでいるお嬢ちゃんたちに、
少々現実を見てもらおう、そう思ったのかも知れない。
 
当時パンダ舎の飼育係は、
大鷲とかハゲタカとか、猛禽類の飼育も兼ねていた。
動物たちの餌は、
パンダ舎から随分離れた距離の
プレハブ小屋の、2階一面にビッシリと並んでいた。
係長は両手に大きなバケツをひとつずつ持ち、
猛禽類の餌をそのバケツに入れた。

その餌は、生きたモルモットやラットだった。
元気に動き回るモルモットを
彼は手馴れた様子で掴んではバケツに移していく。

私はその時点で言葉を失った。
「・・・生きてるのに」そう思ったけれど、
そんなこと、
この係長には、決して言ってはいけない、そんな気がして。
 
そして、薄暗いコンクリの通路に私たちは案内された。
飼育舎の裏側の場所に当たり、餌はそこから与える。
飼育係長は、私たちの前で、
バケツの中から一匹のモルモットの尻尾を掴んで取り出し、
そのまま思い切りコンクリの床にモルモットを叩きつけた。

みんなから「きゃああっーー・・!」
と、悲鳴が上がった。
私は若いなりに彼の意図をその場で察知し、見なくては・と思った。
そして、絶句しているみんなの中で私は
死んだモルモットじゃダメなんですか・・?
生きてるものを殺さないと、ダメなんですか・・?

とだけ、声を押し出すように質問した。

すると彼は、柔和な優しい表情のままで
猛禽類はね、
ほんとは自分でこう言う動物を捕まえて食べるでしょ?
でもここではそれが出来ないから、
こうやって活きの良いままであげるの。
死んだモルモットだと活きが悪くなるから、ここでこうするんだよ。

と、優しく教えてくれた。

絶句して固まっている私たちに
やってみる?
優しい笑みでそう言った。
やる、と言う者は一人もいなかった。

私は、その柔和な目をした係長を見つめながら思った。
この人たちは
毎日どんな思いでこうやって生きた餌をあげているんだろう、
私たちはいつも
動物園のいわば表舞台で
「ゾウさんだ」「パンダ、かわいいー」なんて見物しているけれど、
彼ら飼育係は、毎日毎日その裏で動物たちの世話に明け暮れ、
そのほんの一場面を私は見せてもらったのだろう、と。

その後私は一人で、暫くパンダ舎に通わせてもらい、
いろいろとお世話になった。
飼育係の夢は叶わなかったが、
動物病院に就職し犬や猫の悲惨な状況を目の当りにし、
殺し に加担しなくてはならない罪をも
背負うことになるのである。が、
あのときのあの場面は未だに鮮明に残っていて、
何かにつけて思い起こされる。

薄暗いコンクリの通路に、
モルモットを叩きつける鈍い音だけが、
何度も何度も響いていたあの場面を。
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FC2blog テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

【2012/07/07 04:38】 | いのちの桜
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実験や食物連鎖などの理由はあるけれど…
WADA(わだ)
直接・間接を問わず、実験や餌のために犠牲になる動物を見ると人間の残酷さを感じますよね。「パンダ可愛い~」と純粋に思う子供の時に、裏を見せられると絶句…


自分は大学時代に薬学部と医学部で動物実験の現場を見ましたが、理由が分かっているとはいえ、残酷に感じました。実験を行う教授や学生らは、「将来、動物たちを生かすためにも実験が必要」と言い聞かせて、黙々と実験していましが残酷だという感想は変わることはなかったですね。

Re: 実験や食物連鎖などの理由はあるけれど…
ナレイ
WADAさん
コメント、ありがとう。

私は、どんなに胸が痛んでも
若い頃あの現場を見せてくれたパンダの飼育係の方たちに
今でも感謝しています。
なのでこの記事を書きました。

人間の残酷さ は、
むしろ実際の現場をまるで知ろうともせず、
単純に「パンダかわいいー」「ゾウさん見たいー」
と行列して見物する側にある と私には思えるのです。

その裏で、飼育係の人たちがどれだけ苦労しているか、なんて
微塵も考えようとしない人たちの側にね。

猛禽類の餌 としてモルモットを殺さざるを得ない現場の人、
実験 として動物を殺さざるを得ない人、
勿論平気でやってる人もいるでしょう。

でも、決してそう言う人ばかりではありません。

あの当時の若い私たちは、まさに
ただただ「行列して見物してる側」だったのだと言うことを
当時の飼育係の方たちが
「現場」の「現実」として敢えて見せてくれたのだと
私は思っています。

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コメント
この記事へのコメント
実験や食物連鎖などの理由はあるけれど…
直接・間接を問わず、実験や餌のために犠牲になる動物を見ると人間の残酷さを感じますよね。「パンダ可愛い~」と純粋に思う子供の時に、裏を見せられると絶句…


自分は大学時代に薬学部と医学部で動物実験の現場を見ましたが、理由が分かっているとはいえ、残酷に感じました。実験を行う教授や学生らは、「将来、動物たちを生かすためにも実験が必要」と言い聞かせて、黙々と実験していましが残酷だという感想は変わることはなかったですね。
2012/07/07(Sat) 14:35 | URL  | WADA(わだ) #-[ 編集]
Re: 実験や食物連鎖などの理由はあるけれど…
WADAさん
コメント、ありがとう。

私は、どんなに胸が痛んでも
若い頃あの現場を見せてくれたパンダの飼育係の方たちに
今でも感謝しています。
なのでこの記事を書きました。

人間の残酷さ は、
むしろ実際の現場をまるで知ろうともせず、
単純に「パンダかわいいー」「ゾウさん見たいー」
と行列して見物する側にある と私には思えるのです。

その裏で、飼育係の人たちがどれだけ苦労しているか、なんて
微塵も考えようとしない人たちの側にね。

猛禽類の餌 としてモルモットを殺さざるを得ない現場の人、
実験 として動物を殺さざるを得ない人、
勿論平気でやってる人もいるでしょう。

でも、決してそう言う人ばかりではありません。

あの当時の若い私たちは、まさに
ただただ「行列して見物してる側」だったのだと言うことを
当時の飼育係の方たちが
「現場」の「現実」として敢えて見せてくれたのだと
私は思っています。
2012/07/07(Sat) 19:54 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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