FC2ブログ
ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
何の因果なの・・?
幸せな一生を終える人もいれば、
なんでこんなに不幸ばかり・・・と言う出来事に襲われたまま
一生を終える人もいる。

信仰を持たない私は、前世の業だの、ナンだのと言われても
そんなことで納得は出来ない。
仮に前世があるとしても、
私は、自分の前世のやったことにまで責任は持てない。
私自身が意識出来る間に行った行為に対してしか
責任なんか持てる訳もないじゃないか。

何千万と言う精子の中からたった1匹だけが
卵子に辿り着き、受精卵となり、細胞分裂を始めて、いのちとなる。

もし、ひとつ精子が違っていれば、
それは既に 私 ではなかったと言うことになる。
XYの染色体を持って生まれ出ていたら、
その子は、私ではない、男の子 として誕生していただろう。

つまり、今を生きる我々は、皆
稀にしか生まれ出なかったいのち
のはずなのに、
何故、こんなにも幸、不幸の差があるの?

「ひとは幸せになるために生まれて来た」なんてよく言うけど
そんな傲慢な話はないよ。
幸せは、自分の力で掴み取るものなんだから。

だけど、どんなに頑張っても、どう努力しても
不幸に不幸を重ねたまま終わる、と言う人がいる。
その一方で、本当に幸せの連続のように、
何の苦労もなく、一生を終える人もいる。

この違いは一体何?

環境のせい?その人の生まれ持った性格?時代?
どれもそれだけでは納得がいかない・・・。

僅か26年と言う金子みすゞの生涯を調べてみると
余りにも酷だ・・・としか言いようのない人生・・・。

だけど金子みすゞは、きっと、辛い人生だったからこそ
あれだけ 幸せのかたまり のような詩を綴り続けたんだろう。

上っ面のキレイごとを嫌う私にさえ響くのだから、
よほど深いのだろう。

明るい方へ、
明るい方へ。

一つの葉でも、
陽(ひ)の洩(も)るとこへ。

藪かげの草は。

明るい方へ
明るい方へ。

翅(はね)は焦げよと
灯のあるとこへ。

夜飛ぶ虫は。

明るい方へ
明るい方へ。

一分もひろく
日の射すとこへ。

都会(まち)に住む子等は。

(金子みすゞ詩集より)

未だに多くの人に語り継がれる詩が創られた背景には
どれだけの辛さや悲しみがあったのだろう。

深い悲しみや辛さの中から金子みすゞは、
陽だまりのように明るい空色の景色を
一生懸命探し求めていたのかも知れない。

どんなに辛くても
明るいほうへ行こう、として。
スポンサーサイト




FC2blog テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

【2012/06/08 05:14】 | 映画、ドラマ、音楽 favorite
|
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可