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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私はそんなに年取っている訳ではないのに、
こんな場面を何度見たことだろう。

大きな火葬場の罐の前に置かれた棺。

これで最期のお別れになります
と、火葬場の人が言う。

そう言われると家族や、親しかった人は皆
今まで、ただ眠ってるだけのように見えるその遺体を前に

「この人のこの姿はもう二度と見られない」
「この人は死んで、もうこの世界にはいなくなった」
その事実を改めて突き付けられるようで、

涙し、ときに号泣し、ときに棺に取りすがる。

無情な音を立てて棺が罐の中に入り、
着火の音と共に
深々と頭を下げる火葬場の人。

大きな火葬場では、幾つもの棺が「○○家」と書かれて置かれている。
それだけ多くの人が死んで行くと言うことなのだろう。
ふと隣りに目を向けると
享年 23才
と書かれていたりして、余りにも短かった人生を思う。

2時間もすれば、その人は
火葬場の人に丁寧にまとめられ、骨になる。

これが頭の骨です、これが咽喉仏、と教えてくれる。

そして最初に家族の手で遺骨となった骨を骨壷に納める。
「こんなになっちゃった・・・」と絶句している家族に、
(この人は、あなたに真っ先に骨を拾って欲しいと思ってるのよ)
と内心呟きながら、私はそっとその背中を押す。

そのあと、火葬場の人は慣れた手つきで丁寧に丁寧に
一粒残さず骨を骨壷に納め、
必ず、頭骨は最後に納める。

誰しもが例外なく、いつかこうなるのね・・といつも思う。

どんな気高い人も、極悪人も、同じように。

今では、かつてのように火葬場から立ち昇る煙を見ることも
難しくなったが、
私には、その人が、
大地や植物と同じ自然 に帰って行ったのね・・・と思えて
空を見上げる。

都心の雑踏。
レジャー帰りの家族や、買い物帰りの若い人で溢れてる。
お土産なのか、洋服なのか、
紙の手下げを両手にぶら下げる夫婦らしき男女や
リュックを背負った家族らしき人たち。
話し声、沢山の笑顔。

電車の中でふと、どちらが現実でどちらが非現実なのか、
わからなくなる。

同じ空の下の出来事なの?

故・伊丹十三の「お葬式」と言う映画の中にこんな台詞があった。
山崎努扮する主役が、義父の火葬を待っているとき
俺は、春 死ぬことにしよう。
俺が焼かれている間外は花吹雪。良いぞ

とても好きな台詞で、今でも鮮明に覚えてる。

また一人、五月の空に
消えて行ったその人を
残された家族を
忘れないように
空を見上げたひととき。

私も、いずれ骨になるのなら、
限りある時間を大切に生きなきゃね
なんて思わせてもらった時間。

きっと、同じ空の下の出来事なのだろう。
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FC2blog テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

【2012/05/20 07:08】 | ネガティブ性
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