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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
いしだあゆみが、
昔、ショーケンと別れたときの記者会見で

彼の母親でいるのはもうやめたいです
みたいなことを言ってたことがあって、印象的だった。
別れてから久しいが。

そのいしだあゆみが、いつだったか、最近のトーク番組で
随分年取ってからだけど、
お母さんを去年亡くしたとかで、言ってたことが、やはり印象的だった。

私、お母ちゃん、いなくなって、すごく寂しいのね。
お父ちゃんと二人でいても、男親でしょ?
男親ってあんまり話すことないのよね。
毎年、お母ちゃんとおこたに入って一緒に見てた
紅白歌合戦も観られなくなって・・。
だから、夜、一人で散歩するようになったのね。
でも寂しいと思えるなんて、きっと余裕があるのよね。
ほんとに必死なときって、
生きるだけで精一杯でそんなこと思えないでしょ?
だから、そう言うときは思いきり 寂しい~~~!!って
海の底まで落ちるの。
そうするとね、ふわ~っと上がって来る気がするの。

そんなようなことを。

彼女は今まさに、「喪の仕事」をしているのだろう。

パートナーを見つけて、また誰かと生きて行く選択もあるけれど、
「私は寂しくても自由でいたいから、一人で生きるんだ」
と涙ぐみ、それでも微笑みながら言っていた。

カメラが回っているから、そうしているだけで、
まだ去年、お母さんを亡くしたばかり。
深い深い悲しみの中にいるのだろう、と想像した。

お母さんを失ったことをとことん悲しんで
そしてやがて、亡くなったお母さんをあきらめ、
お母さんのいない世界を受け入れて生きる
それが、「喪の仕事」。

彼女は今、辛い孤独の中に
しっかりと身を置いて生きている。

そんな彼女は、
年を重ねて、シワが刻まれた顔でも、
大人の女性として、私には美しく映った。

本当はまだまだ、お母ちゃんをあきらめきれずにいるのだろう。
けど、「喪の仕事」を終えたら、
きっと彼女は、お母ちゃんのいない現実を受け入れて
周囲の人に支えられながら、一人で生きて行けるだろう。
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FC2blog テーマ:メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

【2012/05/13 06:24】 | 深層心理
|

喪の仕事
勝利園
 ナレイさん、こんにちは。勝利園(@syourien)と申します。ブログのご紹介ありがとうございます。
 「喪の仕事」拝見させていただきました。孤独は、必ずしも「独りぼっち」という意味ではないのかなぁ。そして、先日、ご紹介いただいた記事(孤独でいられると言うこと:「寂しいときは、寂しさを、思い切り味わえるように」「どん底だった自分が、少しずつ浮かんで来る」)にもあったように、必死になって生きる、その真剣さの中で味わえる不安や孤独を、自分の中に認める大切さを見たような気がいたします。
 ナレイさんのブログに出逢えて本当に嬉しいです。過去をさかのぼって、ブログ拝見させていただきます。
 拙文・長文、失礼いたしました。今後とも、よろしくお願いいたします。

Re: 喪の仕事
ナレイ
勝利園さん、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。

>  「喪の仕事」拝見させていただきました。孤独は、必ずしも「独りぼっち」という意味ではないのかなぁ。
「孤独」と言う言葉は、人によって様々な使われ方をするので
必ずしもその言葉にこだわる必要はないと思います。

ただ、私が思う「孤独」とは、仰るように「独りぼっち」ではなく
「一人でいられる」と言うことかなあ。

いしだあゆみの例を引用したけれど、
彼女にとって、お母ちゃん は欠くことの出来ない大切な存在だったと思います。
まだまだ悲しくてどうしようもない、あきらめきれないだろうと想像しますが、
やがては、お母ちゃんがいなくても生きて行ける「自分」こそ、
自立した一人の人間・いしだあゆみ なのだろうと私には思えます。

悲しみの感情と言うのは、辛いから
「出来れば感じないように」「もう忘れて」と、とかく思われがちですが、
失った対象が大きければ大きいほど、悲しむことが必要なんです。
それが「喪の仕事」であり、
悲しむ と言うのは、その過程で、とても大事な感情です。

画面でしか知らないので想像でしかないけれど
彼女はまさにその渦中にあるんだなあ・・・と
私の目には映りました。

こちらこそ、わざわざ見に来て下さってありがとうございます。
また、是非いらして下さい。
よろしくお願いします。

ナレイ

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この記事へのコメント
喪の仕事
 ナレイさん、こんにちは。勝利園(@syourien)と申します。ブログのご紹介ありがとうございます。
 「喪の仕事」拝見させていただきました。孤独は、必ずしも「独りぼっち」という意味ではないのかなぁ。そして、先日、ご紹介いただいた記事(孤独でいられると言うこと:「寂しいときは、寂しさを、思い切り味わえるように」「どん底だった自分が、少しずつ浮かんで来る」)にもあったように、必死になって生きる、その真剣さの中で味わえる不安や孤独を、自分の中に認める大切さを見たような気がいたします。
 ナレイさんのブログに出逢えて本当に嬉しいです。過去をさかのぼって、ブログ拝見させていただきます。
 拙文・長文、失礼いたしました。今後とも、よろしくお願いいたします。
2012/05/14(Mon) 14:00 | URL  | 勝利園 #-[ 編集]
Re: 喪の仕事
勝利園さん、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。

>  「喪の仕事」拝見させていただきました。孤独は、必ずしも「独りぼっち」という意味ではないのかなぁ。
「孤独」と言う言葉は、人によって様々な使われ方をするので
必ずしもその言葉にこだわる必要はないと思います。

ただ、私が思う「孤独」とは、仰るように「独りぼっち」ではなく
「一人でいられる」と言うことかなあ。

いしだあゆみの例を引用したけれど、
彼女にとって、お母ちゃん は欠くことの出来ない大切な存在だったと思います。
まだまだ悲しくてどうしようもない、あきらめきれないだろうと想像しますが、
やがては、お母ちゃんがいなくても生きて行ける「自分」こそ、
自立した一人の人間・いしだあゆみ なのだろうと私には思えます。

悲しみの感情と言うのは、辛いから
「出来れば感じないように」「もう忘れて」と、とかく思われがちですが、
失った対象が大きければ大きいほど、悲しむことが必要なんです。
それが「喪の仕事」であり、
悲しむ と言うのは、その過程で、とても大事な感情です。

画面でしか知らないので想像でしかないけれど
彼女はまさにその渦中にあるんだなあ・・・と
私の目には映りました。

こちらこそ、わざわざ見に来て下さってありがとうございます。
また、是非いらして下さい。
よろしくお願いします。

ナレイ
2012/05/14(Mon) 15:19 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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