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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
8月は、悲しいことの目白押し。
だけど、普段泣けない私にとっては
思い切り泣けるから、良い。

これもやはり8月の出来事だった。
あれからもう46年?も経ったけど、忘れられないよ。
8月16日。


みゆきちゃんが突然消えたのは、
こんな暑い、小学校4年生の夏休みのことだった。

私は家で友だちと遊んでた。
黒電話が鳴った。
受話器を取った母が

えっ?!
と、形相を変え
みゆきちゃん、亡くなったんだって・・
と。

担任からの電話だった。

遊んでた私たちはただただ呆然とした。

だって、あんなに元気で
夏休みが終わったらまた会おうね
って約束してたんだもの・・・・。

なんで・・・?
うそ・・・・
死んだなんて、ある訳ないじゃない・・?

私たちは遊ぶことも忘れ
ただ心臓の鼓動が速まり
息苦しくて、何も言えなかった。

何しろ急なことで詳細が何もわからなくて
私は息苦しいまま一日を過ごすことになった。

時間が経つに連れ、詳細がわかって来た。

みゆきちゃんは、お母さんの実家へ帰省して
弟と二人、近所の川のほんの僅か膝丈の所で遊んでいて
急に深みにはまり、弟の目の前で溺れたのだと。
弟は、必死で泣き叫び助けを求めたが、周囲に誰もおらず、
暫くして、ようやく一人の男性が気づき、
みゆきちゃんを助けてくれ、人工呼吸を施したが
間に合わなかったのだと・・・・。

そんなこと言われても・・・・・・・・。
やっぱり私には実感は湧かなかった。

初めて 死んじゃったんだ・・・と実感したのは
葬儀のときだった。
立派な祭壇に、
7歳の七五三のときの遺影となったみゆきちゃんが
飾られちゃってる・・・・・・。

みゆきちゃんのお母さんは、私の姿を見るなり
私の両足に取りすがってそのまま崩れ落ち、嗚咽した。

私はどうして良いかわからず、おばちゃんに言葉もかけられず、
何だか、自分だけが元気で生きてるのが
申し訳ないような・・・そんな気がしていた。

いちばんの仲良しだった私がクラス代表として弔辞を読んだ。
あたし・・まだ4年生なんだけど・・・・・なんで・・?
子供心に強くそう思った。
でも、読んでるうちに自然と涙が溢れて来て・・・。
泣きながら最後まで読んだ。

弔辞を読み終わって
私が、近所のおじさんや、
自治会長みたいなおじさんたちの中に戻って正座をすると、
おじさんたちは
「みゆきちゃんはもう、もう天国に行けたから、大丈夫だからね」
そう言って
私を慰めてくれるつもりだったのだろうけど、
「あのお母さんのすがた見たろ?ぜんぜんだいじょぶじゃねんだよ。
そんなカンタンに言うなよ」
内心そう思ってた。
4年生にもなれば、子供 と言ってももう全部わかる。

その後、私たち仲良しグループ4~5人は
みゆきちゃんの命日が来ると
おせんこうをあげに行こうか、
それともわたしたちが行くと
おかあさんはかえってつらいから行かないほうがいいかな
とかいろいろ相談し合ったが、

母の、
行けば良いのよ。きっと喜んでくれるわよ
の一言で行くことになった。

その後私たちは、
みゆきちゃんの命日が来る度に
毎年、毎年、そう・・確か成人するまで
線香をあげに行った。

お母さんは、何年か経つうち
そう、もう小学校卒業するの?大きくなったのね?
高校入学するの?早いわね・・

と、毎回、紅茶とケーキでもてなしてくれたりして、
とても喜んでくれるようになった。

「亡くなった子の年を数える」と言うけれど、
まさにみゆきちゃんのお母さんは、
私たちの成長して行く姿に、
みゆきちゃんの成長 を重ねて見ていたのだろう。

みゆきちゃんの命日は昨日。
8月16日だった。

不思議だね。
彼女は10歳のままで、
私はもうこんなに年取ってしまったのに、
みゆきちゃんの前では今も、私も同じ10歳・なんだよね。

ようやく開いた花2

向こうに行ったら、みゆきちゃんに言わなくちゃ。
夏休みが終わったら会おうって約束したのに、
ウソつきね

ってね。(笑







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【2019/08/13 00:03】 | いのちの桜
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