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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
夏は好きだけど

なんていうかこう・・・・毎年、胸が痛むね。

無数の人のいのちが、
散って行った季節だから。


よく、戦争モノのドラマやドキュメントを放送する度に

「この方々の 犠牲 の上に今の平和がある」とか
「あー現代に生まれて良かった」とかいう書き込みがあるけれど

「犠牲」だなんて
そんな、無神経な言葉を使うなよと思う。

「現代に生まれて良かった」なんて、なんと愚かで傲慢な。

人は、生まれる時代を選べない。
生まれる国を、選べない。

亡くなった人たちは皆、
私たちと同じに日常を生きていたのよ。

死にたくない と思いながら、
どこかで、死ぬかも知れないという恐怖に
いつも晒されていたのよ。

「犠牲」なんかじゃない。死ぬしかなかったの。

犠牲? やめて。

彼らは私たちのために生きて来た訳じゃない。

ただ、死 がいつも目の前にあって
それでも必死で、日常を生きていたの。

そういう人たちに対して、
「犠牲」だなんて、「現代に生まれて良かった」だなんて
失礼極まりないと思う。

「犠牲」だなんて
死んで行った人たちの気持ちなんか
何も想像していないじゃない?


今日のように、晴れていたんだって。
昭和20年8月15日は。

東京大空襲の直撃を受けた、向島に住んでいた母たち家族は、
食べる物がなくて、なくて、(本所区、現・墨田区)
おばあちゃんは、子供たちに少しでも
食べ物を食べさせてやりたくて、
自分は、そこらに生えている雑草を食べていたんだって。

母は、神風なんてバカバカしい、信じていなかった
そう思っていたと、言っていた。
日本が負けるとわかってたと言っていた。
天皇が神様だなんて、全然思ってなかったと。

だけど、終戦の日の玉音放送を聞いたときは
「どうしてかわからないけど、涙が出て仕方なかった」
と言っていた。(終戦当時・母12才)


風化させたくない歴史だけど
何でもあって、物に溢れた現代を生きる、
若い人にはきっと、まるで別世界のことなんでしょうね・・・。

「戦争を知らない子供たち」という歌・・・・
「戦争を知らない子供たちを知らない子供たち」
なんだよね・・・もう。
ヘタすっと「戦争を したい 子供たち」だもんね・・・



私だって当時のことはわからない。
だけど、人間には 「想像力」があるでしょう?

そしてその想像力を、思い切りかき立てるように
何百回も何千回も、戦時中の話をしてくれた母に、
私は、心底感謝している。

もっともっと、想像力を働かせて欲しいと思う。

「犠牲」なんかじゃない。
死ぬしかなかった人たちがいたことを、想像して欲しい。



今日と何も変わらない、青い空の下で。


♪戦争を知らずに

僕らは生まれた

戦争を知らずに

僕らは育った

大人になって 歩き始める

平和の歌を 口ずさみながら

僕らの名前を おぼえて欲しい

戦争を知らない子供たちさ♪




フリー画像雑草

作詞:北山修

これ、北山先生の作詞なんだよね。
私が初めて、精神療法を受けたのは、
北山先生が当時所長だった、北山研究所だった。








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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/08/07 00:03】 | いのちの桜
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