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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
よほど泣きたかったんだねえ、私は。



幼い頃から、
どんなに悲しくても、
どんなに傷ついても
どんなに怒っても

「感情を出してはいけない」という
言葉によらない母からの空気に
常に、包まれていたから。


幼稚園に行くのもつらくて
緊張するから、なんだけど、幼い私には
「緊張」とかわからなくて。

母から「行きなさい!」と言われて
しめ出されて、近所の子やおばちゃんたちが来ると
我慢して、まるでグリーンマイルでも歩くかのように
歩いてたっけ。

同じクラスの男の子が
お母さんに幼稚園まで付き添ってもらっても
大泣きして、昇り棒みたいなポールに掴まって
「いやだああああああああああっ!!!!」
と、泣き叫んでいるのを見ては

「泣けるだけいいじゃん、わたしは泣きたくても
行きたくなくても我慢してるのに・・」
と思ったのを、よく覚えている。


それでふと思い出したことが。


我が家では、パパが休みの日曜には
決まって、ママに世界名作童話とかを
読み聞かせてもらってた。

「3時間経っても、もっと読んでって
ナレイは飽きないんだもの」
と母が言っていた。

歌を歌ってもらったり。

その中で、決まって
悲しいおはなし、悲しいおうた になると

おろろ~~~!!おろろろ~~~っ!!

と号泣するので、
「そんなに悲しいなら、他のにしようか?」
と母が言うと

いやあ~~~もいっかいよんで~~~

と言っては、

何度も悲しいおはなしや、悲しいおうたばかり
リクエストしては何度でも泣いていたという。

今でも覚えてる。
泣きたくて、泣いていると
何だか悲しいんだけど、泣けることが嬉しくて。
ママには理解不能で
「ヘンな子だったのよ」と言われてた。

ナレイ本人 としては
「泣いてはいけない」けど
おはなしや、おうたを聞いて泣くなら許される、
幼い私は、無意識のうちにそう思ったのだろう。


何度でも聞いて
何度でも泣いた。
それが、普段泣けない私が無意識下で
「泣いても良い状況」を、
必死で探した結果だったのかも知れない。


今でも、そう・・・特に感情的とかじゃない、
一般的な女性と比べても、
私はおそらく、一般女性の十分の一も泣いていない。


きっと羨ましいんだろうね。
すぐ泣く女の人を見ると、「泣いて済むと思うなよ」
とか思ってしまう。


泣きたい。
思い切り、泣いて泣いて泣き倒したい。

泣きたいときは泣いて良いとわかっていて
やはり泣けない。

未だに「感情ブロック」は解けていないけれど
いつか自然に、泣きたいときに泣ける、
怒って良いときには怒れる、


そういう自然な自分に
私は、なりたい。








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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/07/02 00:03】 | 深層心理
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