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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
絹が病気になって、改めて考えた。


猫との暮らし方はきっと、人それぞれだろう。
野良飼いしてる人もいれば、蝶よ花よと可愛がる人も。

そして、どんな姿になっても良いから
一日でも長生きして欲しいと願う人、
こんなに苦しませるなら安楽死をさせてと思う人。

どの選択肢が正しいとか、正しくないとかではなく
様々な犬や猫との暮らし方がある。


犬や猫は、自分で意思表示ができない。

だから飼い主がそれに代わって意思を伝えるしかない。

絹の思いと私の思いが「同じ」だなんて、
そんな傲慢なことは思わない。
でも、絹に意思を確認できない以上、
飼い主が選択するしかないのだろう。


ただ、私は、必ずしも長生きを望まない。
もしも、絹が苦痛を感じているなら
たとえそれで、死期が早まっても
人間でいう、モルヒネでも何でも使って
とにかく楽にさせてあげたいと願う。


でも、最期だけは私は、安楽死を選ばない。

苦しんでいる姿を見るのは辛い。それでも、
最期は、その子が短いその生を全うするまで見届けてあげたい。

以前3匹の猫たちが苦しむ姿を見るのが辛くて、
何度も「安楽死」が脳裏をかすめた。

でも、安楽死は自分の「決めた日」がその子の「命日」になる。
それは、自然の流れに反する気がしてならなかった。

だから、つらかったけれど、最期まで看取った。


犬や猫との暮らし方は人それぞれだけど、
多分、共通するのは、人間の子供に対するのと同じ、

「元気で、健康であってさえくれればそれで良い」
ということなのだろう。

正直、猫ブログとかを拝見させてもらうと
みんな健康なんだなあ・・・と
ついつい羨ましいくなる。
ああ・・・何の心配もなく過ごしているんだなあ・・と。


絹は、病気になってしまったけれど、
たとえ絹の人生が短いものになったとしても、
楽に、できるだけ楽に、気持ち良く過ごさせてあげたい。

ちぬ、おびょうきとじょうずにおつきあいしていこうね。
おまえがいちくないように、ちもちがわるくならないように
おねーしゃん、がんばるからね~

そして、最期のそのとき まで、
おねーしゃんは、ずっとお前のそばにいるよ。

お前が、おそらにのぼる、そのときまで
ずっと、そばにいる。


きぬ携帯赤ちゃんごっこ~









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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/05/23 00:03】 | 愛しきイヌネコ
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