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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
ある方の記事を、拝読させて頂きました。
んで、思ったこと。


その方は、恋愛が上手く行かない方々へ向けて?
記事を書いていらっしゃったようですが、
これは、私を含めた精神疾患を持つ人々にも
当てはまるので、

えっと・・・そのまま引用したら無断転載になっちまうし
それはマナー違反ですから、私の言葉にして言うと・・・

ま、そのう・・なんというか・・
恋愛が上手くいかない人と言うのは
我慢して我慢して、嫌われないようにするんだと。
で、自分の求めるモノ、自分の中の欠落したモノを
他者によって埋めようとするので、
結果、相手にとっちゃそら重いっしょ?
相手は離れて行きますね。
するってえと
「ほらやっぱり!私の欠如がいけなかったんだ!
もっと我慢して嫌われないようにせんといかん!」
これがまあ、らせん状というか、負のスパイラルというか
そこにハマってしまう、と。

ほんと、仰る通りだと思いますよ。

私なんてそう言い始めたら嫌われっ放しですわー


さて、しかしながらそれがわかったからと言って
「そっか!じゃあもう嫌われても良い!」

とか思えます?思えたにしても実践にうつせます?


そうカンタンに行かないからこそ、私なんか
もうこの人生、病歴のほうが長くなってる訳で。

私のカウンセリング歴は20年以上です。
2年 でなくて、20年です、にじゅうねん。
私のセラピスト・ハッチは、ピカいち☆な男です。
(理想化はしてません)

つまり結局は、地道に、こつこつと、セラピストとの間で
我慢なんかしなくて良い、そのままの自分を受け容れてもらえる、
体験を積むことでしか「自分を生きる」ことはできないんです。


「嫌われナレイ」は、少しずつではありますが、
撤退し始めております。



今のまんまの自分でいて良い ということは
「理屈の上では」わかってるんですよ。
でもそれは、病理が深ければ深いほど、
お腹に落ちて「実感できた」まで行かないんですよ。

まあ自分のことで言うと支障ないんで申し上げますと、
仰る通り、母親との関係にもう尽きますわ、私の問題は。

無条件に愛された経験がなかったんです、私はね。
(ま、それもどうだか今となってはわかんないし、
あらゆる環境が相まって、結果的にそう受け取ってしまったのだと
思っています)

とは言え、

一定の条件を満たしていなければ、この子を愛せない
(まるでどっかの国家試験の受験資格みたい~~~)

という母からの
言葉によらぬメッセージは、幼い私には強烈でした。
恐怖さえ感じて、私は、気づいたときには自分ではない、
母のお気に召す「他の誰かを演じる」ことに徹するようになりました。

条件付きでしか愛されなかった人間が、
どうやって、自分のままでいて良い なんて思えるでしょう?



(余りにもなが~~~~くなっちまったもんで、
つづきは明日~)

フリー画像・セピアのバラ








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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/03/18 00:03】 | 深層心理
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