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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
昨日、また一つ
桜の花と一緒に、散ったいのちの
お見送りをして来ました。

あなたはとても可愛かった。
笑うと可憐な花のようで。
だけど、ちょっぴり我が儘で。

でも、桜と一緒に散るなんて本当に、あなたらしい。

最近では、火葬場も随分と様変わりしてしまって
私には、ちょっと残念。

昔の火葬場には、作業着姿のおじさんがいて、
今の若い人は知らないと思うけど
火葬場のおじさんのことを、差別用語で
「隠亡(おんぼう)焼きのおじさん」とか「オンボ焼き」とか
そんな風に呼んでいた。

でも、私にとって「おんぼう焼きのおじさん」は差別用語ではなく
むしろいつも寡黙で、目深に被った帽子に作業着姿、
斎場の人みたいに、いかにも慣れた調子で
「それでは只今より簡単にお式の流れについてご説明@@@」
とかそんな言葉は一切なく、
最期のお別れの時、黙って帽子を取って
私たちに向かって、深々と頭を下げる。

私は、そんな、おんぼう焼きのおじさんが好きだった。

なんていうか・・・慣れた調子で饒舌に説明する人より
荼毘に付す という、本当に最期の「その人」を
見送る人として、饒舌に語ったりなんかしない分
気持ちが込められている気がして。


それでいて、お骨上げのときには
「これが咽喉仏ですね。
仏さまが座禅をしている姿に似ていることから、
そう呼ばれてます」等々と
説明をしてくれる。

おんぼう焼きのおじさんは、
人の最期の最期に、そこに立つ者として
自分が着火することの罪悪感を、常に感じ続けて来たのかも知れない。
泣き崩れる遺族や、嗚咽する遺族、
平常心ではいられないような遺族、
でも、そんな人たちを、沢山沢山見て来たからこそ
心優しく、本当に死者の魂を思う人になった。
私には、そんな気がしてならない。

だから私は、おんぼう焼きのおじさんがとても好きだった。

でも、今では同じ斎場の中に火葬場もあって
きっちりと教育もされるんでしょう。制服まで着ている。
饒舌になってしまって、少し残念。

もう、私の好きだった、おんぼう焼きのおじさんは
いなくなった。

更に残念なことに、
昔は、火葬場には、細くて高い煙突があって
火葬が始まると、
そこからけむりが立ち昇って行くのが見えた。
私はいつもそのけむりを見上げながら
「おそらに帰っていくのね・・・迷わずに行くんだよ」
と、心の中でつぶやいたものだった。

今では、苦情が来るからけむりを出してはいけない、
そしてもう、あの煙突さえなくなったのだという。

それでも私は、空を見たくて
曇天に流れる雲をけむりに見立て、
煙草を吸いながら、
「おそらに昇ってるんだよね、きっと今」
一人、そうつぶやいた。


あなたがいなくなった空に
葉桜になった桜の木が、枝葉を伸ばしていた。

本当に、桜と一緒に散ったのね。


そして、あなたを思った一日が終わった。


memories-of-days-gone-by_2291576.jpg

動物霊園の夕焼け


幸いなことに、動物霊園には、まだ煙突が残っています。
けむりは、やはりもう出せないそうですが。

今の若い人たちは知っているんだろうか。
映画「おくりびと」なんてのを見て、単純に憧れて
「納棺師になりたい!」なんて言ってる若い人たちは
被差別部落の人たちのことさえ、もう知らないのだろうか。

学校では教育しないのだろうか。
昔、被差別部落の人たちは職業を選択する自由も何もなかった。
だから、みんなが嫌がる隠亡焼きの仕事も、
被差別部落の人たちの仕事だったことを。

まあ安倍政権下ではそんなこと、学習指導要領に入ってないだろねー







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【2018/04/07 00:03】 | いのちの桜
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