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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
またひとつ、消えたいのちのお見送りに行って来ます。
なので、今日は、以前書いた記事をアップします。

病棟勤務の頃、
私が夜勤のときに必ず
患者さんが急変、死亡することが続いた時期があった。

偶然にしては、何度も、よく続いたもので。

潮の満ち引きと関係もあるのか、深夜から未明にかけて
と言うことは実際に多かった。

皆は、「え?明日ナレイさん夜勤?じゃあ○○さん明日だよ~ヤバいよ~
どうしよう~~」などと、口々に言い合っていた。

皆、自分が夜勤のときに患者さんに逝かれるのをやはり嫌がる。

しかし、私は昔から人の死が常に身近だったせいなのか、
また、病院で死ぬ以上、必ず職員の誰かが
看取らなくてはならないと思うからなのか、さほど抵抗はなかった。

なので、からかい半分に皆に「ナレイさんって死神なんじゃなーい?」
「そうだよ、死神だよー」などと言われたときも、

「そうかもねー」などと笑って返し

特に傷つくことも、気に病むこともなかった。

そのとき、そんなやりとりを黙って聞いていた
一人のナースが重い口を開き、

死神じゃなくて、患者さん、
みんなナレイさんが来るのを待ってるのよ。
ナレイさんに見送って欲しいと思ってるのよ。


そう言ってくれた。

その言葉は、いくら死神と言われて気にしない私にとっても
温かく響いた。

そう感じられると、次の夜勤でもまた、
急変して亡くなるかも知れない患者さんに対して、
「私が、きれいにして、きちんと、見送ってあげるけ、
ちゃんと待っとってや・・・」

余計にそんな気持ちになれたものだった。

そのナースの言葉は温かくて、今も私の中に残ってる。

たとえそれが、当の患者さんには関係ない
私の勝手な合理化だったとしても、どの道見送らなくてはならないのなら、

それが 日常茶飯 になりがちな現場で、事務的に済ませるよりは、
気持ちを込めて、見送ってあげた方がいいのではないだろうか。

今でこそ「おくりびと」なんて映画が出来て、
あの映画は、随分と美化されて描かれているなあと
個人的には思うけれど、

ネットでも「エンゼルセット」から
「死後の処置の仕方」まで出回ってるようだけど。

現実は、決して美しいものとは言えない。
ご遺族があの場面に堪えられるとは、私には到底思えない。

元々死後の処置は、隠蔽されて来たものだから。

そして、いつも、どの場面でも、隠蔽された底辺の仕事を、
必ず誰かが担うことで、

我々は「豊かな生活」と言う
恩恵を被っていることを、忘れたくないと、いつも思う。】


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(ちと当時せっかく頂いたコメント、どこにどう貼り付けていいかわからんので
ここに貼り付けます。)

こんにちは。
ナレイさんに見送ってほしい、そう思います。
そういう言葉かけられるその看護師の人、
そういう事言ってくれる人は、なかなかいないと思います。
私が書くと失礼ですが、
ナレイさんが患者や家族に優しいのをみてたと思います。
そういう言葉うれしいですね。
読んでてなごみました。

亡くなる時に立ち会えてよかった、
と自己満足ですが
それまで長く関わったり優しい言葉かけてくれた人だと
なおさらそう思います。




2011/06/27(Mon) 15:39 | URL | みや #-[ 編集]

Re: 患者さんのお見送り

おお~みやさん!
コメント、ありがとうございます。
ちゃんと届きましたよ。

当時の病棟は脳外の慢性期、
本当にしょっちゅう患者さんが亡くなったものです。

でもあのときのナースがくれた何気ないあの言葉は、
私には本当に温かいものでした。

病棟の死後の処置は、映画「おくりびと」のように
ゆっくりと時間をかけていられない現実もあります。
でも、ご家族がいても、いなくても、
私が僅かでも関わった患者さんたちです。

最期の「旅支度」は、せめてきちんとしてあげたくて
汗だくになって、(そのくらい大変なんです)清拭や処置、着替えを終え、
最後に 或る女性の患者さんにお化粧を施したあと、
ご家族をお通ししたら
「綺麗・・・眠ってるみたい・・・・」と言って頂いたときなどは
やはり お見送り なんだ、と、

「ナレイさんに見送って欲しくて待ってるのよ」と言う
あのナースがくれた言葉をいつも大事にして、

最期の霊安室から、患者さんを乗せた車が出て行くまで、
見送っていた私です。

何気ない言葉、何でもない言葉であっても、
言葉は大事なものとして人の心に響くときがあるものですね。

2011/06/27(Mon) 16:18 | URL | ナレイ #-[ 編集]



こんばんはナレイさん。 ナレイさんが生まれてこられた「その」使命を感じました。そして、「送り人」だけではなく 同時に患者さんの方々の次への出発の「スタート見届け人」と思いました。そしてそれは とても心清(世間では"神聖"と書かれますが)で、とても純粋な想いの引き逢わせだわ・・・ とても深い・・・


2012/05/18(Fri) 22:35 | URL | ホヌ #-[ 編集]

間違いなく「おくりびと」!

患者さんは無意識に看護師を選んでいるなーと感じることが多いです。私はどちらかというと「おくりびと」に選出されない方だけど、急変に遭遇して助けることに選出されます。日頃の患者さんへの関わりが表れるのだと思っています。
先日、ターミナルの精神障がい者を送りました。娘さんも入院中でしたので、夜間に他病棟から呼び、一緒に明け方に見送りました。入職当時から関わった患者さんだったので、この時には選ばれたなって思いました。今、管理当直で娘さんの病棟をラウンドすると、遠くから走ってきて、「修ちゃん、あの時はありがとうね。お母さんが死ぬときに、もっと大きな声でお母さんにさよなら言いなさいって言ってくれたね」って話されます。患者本人だけではなく、ご家族にとっても最も見送って欲しいスタッフなのではないでしょうか。そんな気がします。

2012/05/19(Sat) 10:52 | URL | 修志 #-[ 編集]

Re: ホヌさん

こんばんは。
コメント、ありがとう。

「使命」なんて、そんな大層なものではないかも知れない、けど
でもふと、忘れていた当時を思い起こさせるようなひとときでした。
単に私の「自己満足」や「合理化」に過ぎなかったとしても

まるで私が行く日に合わせたかのように突然旅立って行かれたようで。

人間は、たとえ生きていても、その中で、「死と再生」
を繰り返して行く。

「見届け人」
ありがとう、そんなふうに言って下さって。

どんなめぐり合わせか、何の引き合わせなのか、はわからないけど
こんな私が「見届け人」の役割りを担っているのなら
心静かに引き受けよう、
一人の人が旅立っていく、5月の空を見上げながら、
そんなことを思っていました。

2012/05/19(Sat) 19:08 | URL | ナレイ #-[ 編集]

Re: 間違いなく「おくりびと」!

修志さん
コメント、ありがとうございます。

患者さんを助ける役割りに選ばれる と言うのは本当はいちばん良いことですね。

私の勤務してた病棟は、脳外の慢性期・助かる方のほうが少なかった現実がありました。
なので、看護師たちは皆、「見送り」「おくりびと」に選ばれることを
とても恐れていました。(当時は「おくりびと」なんて映画もありませんでしたから)

重症患者さんがいる夜勤のとき、私と組む看護師は、
あからさまに嫌がる人もいれば
逆に経験の少ない若い看護師などは
「今夜はナレイさんと一緒だと思うと何だかホッとするわー」
なんて言ってもらったり、様々でした。

入職当時から関わって来られた患者さんはきっと、
修志さんが来るのを待っていたのだと思います。
修志さんに見送って欲しい、と思って。

>患者本人だけではなく、
>ご家族にとっても最も見送って欲しいスタッフなのではないでしょうか。
>そんな気がします。

入院中は、既に顔馴染みになったご家族と挨拶を交わしたり
ときに二言三言話を交わす程度しか出来ない
実に多忙な病棟でしたが、

全ての処置を終え、
最期の死に化粧を施したあと
ご家族に心底「キレイ・・・・・」と言って頂いたとき、

「お世話になったから是非」とのことで
本来タブーなのですが、葬儀に参列させて頂いたときなどは、

私も、同じように感じ、
「死神」じゃない、「見送り」だったんだ、と
感じさせてもらえたものです。

当時のことを彷彿とさせるひとときでした。

2012/05/19(Sat) 19:33 | URL | ナレイ #-[ 編集]
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【2018/04/06 00:04】 | いのちの桜
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