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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
「理性」や「知」という内なる自己は、
本来の自己を抑え、常に「かくあるべき」自分を演じ続ける。
「かくあるべき自分」とは、私の場合、母親から刷り込まれた、
およそ現実離れした自己である。

そういった無意識の作用は、
おそらく健康な人の中にもある作用なのだろう。

しかし、神経症者の「かくあるべき」は余りにも理想が高い。
それを、「幻想」と言い換えても良い。

その「理想的な」かくあるべき自己と
現実の自己とのギャップも大きい。

神経症の症状は、現実の自分と幻想の自分との
妥協の産物と言われる。

なぜこんな激烈に苦しい症状が常に襲って来るのか、と思う。
症状など早く治したいと意識的には思っている。

しかし、幻想の自分を無理矢理、現実のものにしようと
症状を誘発させることで、何とか心の安定を試みるのである。

理性とは、人間だけが持つ大事な心の働きであるが、
神経症の症状に関して言えば、理性は邪魔なだけである。

悲しみ、怒り、憎しみなどの負の感情を
人はできれば見たくないと思う。
しかし、それら負の感情を自分のものとして
しっかりと受け容れ、「感じる」ことは、非常に大切なことである。


「かくあるべき」の幻想を捨てれば、
必然的に症状は軽減若しくは消失する。
正も負もある 現実の自分を受け容れて初めて、
神経症者は、本来の自分を生きられるのである。





昨日ツイッターに書いた文章を推敲して引用してみた。
たまには堅いことも書いてみる。
まあ、活字はどうしても「知性化」という防衛に
繋がってしまうんだけどね。

だし、こんなことはもう30年前から言われてることだけど~






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【2018/01/09 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
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