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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
もう「詩」という表現で
オブラートに包むことにも疲れた。

なぜ、死んではいけないの?
なぜ「死んではいけない」なんて言われなきゃいけないの?

周りを不幸にするから?
私には、不幸になる周りもいないよ。
家族もない、天涯孤独だ。
私がどんなに友達を思っていても、
とうに共同体なんかなくなって、みんな家族優先。
だから、特に支障はないでしょ?

「生きたくても生きられない人もいるのに」と言うのなら
「死にたくても死ねない人もいるのに」と、言いたい。

「本当は生きたいんでしょう?」とかよく言ってるのを聞くけど
「いや、本当に生きたくない」としか言えない。
「死ぬのが怖くないの?」とかもよく言うけど
「まったく!怖くない。むしろ生きることのほうが怖い」
としか言えない。

もし、私が平均寿命まで生きてしまうとすれば、
3千万くらいのお金がかかる。
贅沢なんかしなくても、ただ生きるだけで、それだけお金がかかるのよ。
私はそんなに稼げない。

じゃあ3千万のお金をくれるの?
それはできないわけでしょう?

だったら、好きにさせて欲しいのね。

自殺者に、女性より男性が多というのも、
結局、最終的には「お金」だからだよね。
生きるだけでもお金がかかるし、先進国はもう
金さえあれば何でもできる時代で、命も金で買えるのよ。

54年のうち、半分以上は、苦しむだけの人生だった。
低所得者層という底辺で生き続ける。


「生存権」なんかクソだ。
「死ぬ権利」が欲しい。

このマンションを事故物件にしないように
ここではやらない、と決めている。
それが、せめてもの私の、周囲への配慮。
まあ、どうやったって迷惑はかかってしまうけど、
そこは、年取って、ながらえていて疎まれながら迷惑をかけるよりマシ。


あとは好きにさせて。
もう疲れたの。

それでも死なずに、まだながらえているのは、
絹という猫の最期を、しっかりと見送る責務が私にはあるから。
ただそれだけよ。


私は多分、皆さんとは逆で
この2次元の世界で、自分のキャラクターを作ったり、
話を盛ったりするのではなくて、
リアル世界のほうで、明るく元気な自分のキャラクターを作って
演じ続けているので、こっちに本音を書いてます。
どんな親しい友人にも、こんなこと言えませんから。

なので、ときに「衝動」として襲って来る感覚を
まんま文章にしました。
不快だとお思いな方々、どうか「いわゆる説教」はやめて
スルーしてくだせえ。








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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2017/06/05 07:15】 | いのちの桜
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