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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私=苦しみであると、

もう正式に定義づけされていると知ったときは、
さすがにちょっとショックだった。

生きている限り、苦しみが続くということだから。

なぜそんな風に生まれて来てしまったのか、
何がそんなに私を苦しめているのか、

せめて、自分の深層を知ることで、
少しでも楽になることを目指して
私は長年精神療法に通ってる。

ぶっちゃけ、企死念慮は常に私の中にある。
だけど、自殺というのは、
自然の流れに逆らう行為。
自然の流れが、私を生かしているならば、
生かされるまま、に従って
かろうじて、踏みとどまっている。


どんな苦しみの中にあっても、
生きるしかないならば、
日々の不安と共に生き、
常に感じる緊張を、受け容れることなのだろう。

しかしそれは、
口で言うほどカンタンなことではない。

例えば睡眠。
健康な人も、「たまに眠れないときがある」だろう。
でも、私はその逆。
「たまに眠れるときがある。」

つまり、眠れないことが日常茶飯だ。
眠れない日が続くと、
だんだん頭がおかしくなって来る。
思考力は落ち、
体は鉛を背負っているかのように重たい。

或いは、緊張状態がずっと続いていると、
人の話も、情報として頭に入って来ない。
どんどん抜けて行く。忘れて行く。


不安のままでいられること、
一人でいられること、
緊張する自分を、受け容れること、

健康な人が、無自覚にやっていることが
私には難しい。
だから、苦しみが続く。

「不安に負けない心を作る」とか
どこかにしょっちゅう出て来るけれど、
それは、逆に症状を増悪させるだけだ。


症状と闘わない、抗わない、
頑張らない、
そして、病気の自分を心底あきらめて、
受け容れる。


少しずつで良い。
どんな苦しみの中にあっても
生きるしかないのなら

それを、実践して行けば良い。

そうすれば、きっと私も
「楽」に行き着けるのだと信じたい。

極寒が、容赦なく
私の苦しみに拍車をかける。

「楽」はまだ、遠い。










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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2016/02/06 05:40】 | 神経症
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社会不安障害とは違うのでは?
ちえ。
と思っていましたが、人格障害ですか。
書いたものを読んで、わたしもそう思っていました。
自分の問題を親や他人のせいにしないで、自分のしたことに責任を持つことが第一だと思います。
人生は、結局自分の選択の結果なわけですから、責任は自分以外にはあり得ないのです。

Re: 社会不安障害とは違うのでは?
ナレイ
ちえさん

はじめまして。

コメントありがとうございます。

そうです。人格障害です。

しかし、私の主訴は対人緊張
社会不安障害なのは間違いありません。

お名前だけで、どういう経緯で
こちらにいらしたかも明るみにされない方が、
私自身の病気について意見なさるのは

マナーに欠いていらっしゃると思いますので
これ以上コメントするのは、控えます。

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この記事へのコメント
社会不安障害とは違うのでは?
と思っていましたが、人格障害ですか。
書いたものを読んで、わたしもそう思っていました。
自分の問題を親や他人のせいにしないで、自分のしたことに責任を持つことが第一だと思います。
人生は、結局自分の選択の結果なわけですから、責任は自分以外にはあり得ないのです。
2016/02/06(Sat) 12:39 | URL  | ちえ。 #-[ 編集]
Re: 社会不安障害とは違うのでは?
ちえさん

はじめまして。

コメントありがとうございます。

そうです。人格障害です。

しかし、私の主訴は対人緊張
社会不安障害なのは間違いありません。

お名前だけで、どういう経緯で
こちらにいらしたかも明るみにされない方が、
私自身の病気について意見なさるのは

マナーに欠いていらっしゃると思いますので
これ以上コメントするのは、控えます。
2016/02/07(Sun) 10:45 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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