FC2ブログ
ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私は常日頃から、

生きることに意味も価値もない、
ただ生かされている と言っているけど

それはまだ「思考」であって、
「感じる」までに至っていない。


そして、皆
希望とか、夢とか、幸せとか、生きることに
深淵な何か を追求しようとするけれど

そんなものもきっと、ないんだと思う。

希望を追い求めて、それが満たされなかったら?
落胆し、苦悩するでしょう。

幸せを追い求めて、それが満たされなかったら?
やっぱり落胆して、不幸になるでしょう。

そもそも今の社会というのが、もう絶望的でしょ?
こんな社会で、夢を見るのも希望を追い求めるのも
土台無理な話。

ただ、そういうものがないと、人間は
なかなか生きるのが難しい。
だから、夢とか希望とか幸せとかを
追い求めるのは、防衛 なんじゃないかと思う。
幻想 と言い換えても良い。


私は、絶望から始めてみたい。

果たして私は、本当に絶望しているのか、
と、自問自答すると、
さも絶望しているかのように言ってるけど、
絶望は出来ていない。
まだ、自分をあきらめることも出来ない。

だからこそ、苦しいままなんでしょう。


闇の中では、微かな光もよく見えるように
絶望しきったところから始めたら、
きっとそれは、「楽」に繋がるのだと思える。

全てあきらめて、全ての幻想を捨てて、
絶望から始めたい。

幻想を捨てるのは、非常に難しい。

神経症症状というのは、
現実の自分と幻想の自分の、妥協の産物
と言われるくらいだから、

幻想を捨てるのは、至難の業だけど、
捨てない限り、苦しみが続く。

だけど、とことん絶望したら
見えるものが、きっとあるはず。

だから私は、絶望から始めたい。








ぽちで救われる私がいます


にほんブログ村

にほんブログ村 ポエムブログ 闇詩へ
にほんブログ村
スポンサーサイト




FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2016/01/27 11:51】 | 「軽い変態」から見る社会
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック