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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
毎年、ひとりの年越しで
暖かい部屋の中、いつも思うのは

ノラ猫たちは
どうしているだろう・・・

この寒さの中で
どうやって暖をとっているのだろう・・・
どれだけ寒いだろうということ。

家もない
食べる物もない人たちは
どう過ごしているのだろうということ。


紛争地帯で
飢えや、病気に苦しむ人が
今もまだ、どれだけいるのだろうということ。

それを思うと毎年、胸が痛む。


よく

「そういう人たちに比べたら
私たちなんかまだ幸せよね」

とか、

「日本人に生まれて良かった」

とか、

戦時中の人に比べて

「今の時代に生まれて良かった」

とか、言う人がいるけれど


それは
今も苦しむ人に対して
過去、苦しんで生きた人に対して

余りに失礼な言葉だと、いつも思う。



そういう人たちを、下に見て
自分はそこよりは上だから良かったとか、
下だから良くないとか、

苦しみは、そんなものじゃない。

そういう言葉は
苦しむ人を、侮蔑するものだと思う。

苦しむ人のプライドを、
踏みにじるものだとさえ思う。


私の苦しみと

飢えや寒さに堪えている人の苦しみと

戦時中の人の苦しみと

紛争地帯の人の苦しみと

ノラ猫の苦しみと



上も下もない。

ただ、目の前に置かれた環境が
苦しくて、どうにもならないということは同じ。


ひとは、時代を選んで生まれては来られない。
ひとは、国を選んで生まれては来られない。


たまたま、この時代にこの国に
生まれたというだけ。


苦しみは、比較するものじゃない。


気楽なんだよね、きっと。
だから、そういう言葉を平然と吐く。

というか、べつに他意はないし、
決して悪気じゃないんだろうけど。



戦時中の人たちはきっと、苦しかった。
それでも必死で生きた。

紛争地帯の人たちはきっと 苦しんでいる。
それでも必死で生きている。

ノラ猫だってきっと、苦しいと感じるはず。
それでもケモノは、生きる。



そんな彼らの苦しみを、誇りの感情を



どうか踏みにじるのは

やめて。












ぽちで救われる私がいます


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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2016/01/06 17:42】 | つくづく思うこと
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