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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
葬儀 なんて、そんなご大層なものをやる気はなかった。
母は生前から、自分が死んでも「何もしなくて良い」と言っており
何百万もかけて葬式を出すような金もない。
母の友達や私の友達、せいぜい母が、
幼い頃から成人するまで可愛がっていた生徒(彼女は英語塾講師だった)
数名で、ささやかに、お別れ会をすれば良い、
そう思っていた。

ところが、残された人たちの気が、それで済む訳はなかったことを、
私は、このときに初めて知った。
葬式と言うのは、生きる人のためにやるのだと言うことを、
このときに実感した。


僅か8畳ほどの小さな葬儀屋に溢れんばかりの人が
母にひと目会いたい、と集まってくれ、
葬儀をしない訳には行かなくなってしまった。
その狭い所に、80名くらいの人が集まってくれ、文字通り、皆葬儀屋から溢れ、
道路にまで及んでいた。

嬉しかった。

しかし、喪主である私が全てを仕切らねばならないことはキツかった。
友達か誰かが、
「喪主には何も考えさせないために次々とやることがあるのだ」
と言っていたことがあったが、
あの凄まじい臨終の後・・・。
正直私は少しでも良い、ただ何もせずに休んでいたかったのだ。

しかし、臨終の後もあちこちに連絡を取り、葬儀屋と共に動き回り
あれこれと手配し、神経を張り詰め、一滴の涙も出なかった。

そんな中で、急な葬儀、また平日であったにも関わらず
集まってくれた人たち・・・・。
母の生徒だった子だろう。
制服姿で泣きじゃくっている。
学校を休んで来てくれたのだろうか・・・。
その姿は、私のすさんだ心を潤してくれた。

母の顔を見せて欲しいと言ってくれた生徒さんたち、
既に寝顔になっている母の顔だ
見てもらうことで、少しでも同じ思いを共有出来ることが
私には救いだった。

臨終から葬儀まで仕切りまくって張り詰めていながら
疲れきって朦朧とした頭で

みんなが、泣けない私の代わりに泣いてくれている・・・・・。
そんな気がしてならず、
みんな、どんどん泣いて。私の代わりに。
沢山涙を零して。私の代わりに。
心の中で、しきりにそう叫んでいた。

そして忘れもしない。
母の葬儀の日は、11月とは思えぬほどの良いお天気、
暑くなるような暖かさだった。
まるで彼女の明るさそのもの のように。
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【2011/11/11 04:41】 | いのちの桜
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