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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
そんな言葉が多用され始めて
何年になるのかなあ・・

今の子供たちの親世代が
私の世代よりちょっと若いくらいか、
もっと若いか・・・

被災したり、心的外傷体験を受けた子供は
当然、後々までそれを引きずって生きる。

私は10歳の頃、いちばんの仲良しの子を
夏休みを境に、突如失った。

けれど、昭和40年代当時なんて「ケア」
そんな上等な代物はなく。

担任は放課後私を呼び出し、
自分で作った弔辞の原稿を私に何度も読ませ、
お辞儀の仕方がおかしいと、
何度も何度も練習させられた。

被災していなくても、
あれだけ仲良くしていた友達を亡くすことは
私には少なからずショックなことだった。

なのに、ただただ、形式だけの弔辞の
練習・・・。

告別式当日、
何の実感もないまま、祭壇を見ると
七五三のときに撮ったと思われる
その子の可愛らしい「遺影」に、
初めてこみ上げて来るものを感じていた。

その子のお母さんは、
私を見るなり、膝まづいて、
私の足元に泣き崩れた。

その取り乱した大人の姿に
余計に実感が湧いて来て・・・。

「お別れの言葉・・・」
と読み始めると、
自然と涙が零れて来て、
それでも泣きながら
「・・・4年5組代表ナレイ」と
読み終えた私。

(こんなことで、
代表になんかなりたくなかった・・・)
と思いながら。

近所のオジさんたちは、
「エラかったね、ナレイちゃん」
と、褒めてくれたけれど。
「もう○○ちゃんは天国に行けたからね
大丈夫だからね」
と言われたときに、

それは、ただの慰めでしょう?おじさん
と、強く思ったのを
鮮明に覚えている。

当時40歳。今の私より若かった母だけが
今で言う、私の心の「ケア」をするように
最初から最後まで見守っていてくれ
全てが終ってから
「よく読んだね、最後まで。
泣いたら途中でやめてもいいと
思ってたけど、よく読んだわよ」と。

私はその後何年も電話のベル(当時の黒電話)の音に
怯えるようになった。
また、「悪い知らせ」なのではないかと。

時代はどんどん変わって行く。
私たちは、時代の潮流に、
どうしても影響を受けざるを得ない
生きものでもある。

でも、いつの時代であっても、
子供の心は変わらない 
そして、子供にはそんな自分の気持ちを
言葉にして訴える術をまだ持たない
と言うことだけは
知っておいて欲しいものである。
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【2011/04/25 11:03】 | 「軽い変態」から見る社会
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