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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
また散文。

今日は苦しみについて。
と言っても、価値のある絶望の記事と、
結局同じことなんだけどね。

苦しみは、大なり小なり
誰もが持っているのかも知れない。

私はもう、神経症で30年苦しみ続けているから
死ぬまでこのままなのかなあと
思うときもある、

この苦しみから逃れることは
出来ないのかなあと。


苦しいときって
周りの人が、凄く幸せそうに見えるんだよね。

「あの人はいいなあ、幸せで」とか
「なんで私ばっかりこんな目に遭うの?」とか。

だけど、そう思ってるうちは
きっと苦しいままなのだと思う。

まだまだ私もそこまで辿り着いていないけど

かんけーないんだよ。

幸せとか不幸とか
勝ちとか負けとか、そんなこと。

そんな二元的なことに囚われているうちは
いつまで経っても苦しいままだと思う。
二元的な幸せを、私は追及しない。

私が辿り着きたいのは
もっと一元の、絶対に揺らがない
「不変の楽」の世界。

そこに辿り着くには
くだらん囚われや、
自分へのこだわりや幻想や、執着や

そんなものを全て捨てることなんだよね。

幻想を抱いていると
幻想の理想的な自分と、
現実の何者でもない自分との落差に
苦しむことになる。

自分にこだわってばかりいると
周囲の世界が怖いものだという錯覚に陥る。

こだわりを捨てたなら
世界は優しいものになる。

自分さえ要らないと、最近では思うようになった。

自分は、この大きな自然の一部で
虫とか、草木とかと変わりない。

好きな台詞があるんだよね。

「私が死んだら焼かないでってお願いしたけど無理なのかな。
食物連鎖に入りたいんだ。
バクテリアに食べられて、草や花に、飲み込まれたい。
そしていつか、酸素を送るんだ」

生きたまま、心底そんな風に思えるようになったら

長年の苦しみから解放されて
「不変の楽」に、辿り着けると思う。








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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2015/09/25 20:23】 | いのちの桜
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