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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文

世の中の
あらゆる価値観 思想に
正しいこと なんてあるのだろうか。

それは
錯覚かも知れない。
誤謬かも知れない。

特に
その人の人生に関わるような
深い話に対しては
正解か不正解かでは決められない。
○×式で、切り捨てたり出来ない。

悩める人が目の前にいたときに
その人の言ってることが
正しいか、間違っているかに目を向けるのではなく

そう主張するその人の、
気持ちや情緒のほうに目を向けて
そちらに言葉を尽くして行くと、
問題は大して解決していないのに、
その人の精神状態が驚くほど安定することがある。

私も勿論そうだけど、
「話を聞いてもらえた」「共感してもらえた」という
安心感なのだろう。

○か×かの正論を言うより
むしろ、そちらのほうが大事なのだと思う。

しかし○か×かの「正論」を言われると
時と場合によっては
その人が、深く傷つくことがある。

頭ではわかっていても、なかなか出来なくて
だからこそ悩んでいるのに
改めて、「正論」でそこを指摘されるから。

悩める人に「正論」は要らない。
ただ、その人の気持ちに沿って行きたいと
願う。

私は私の信ずる事柄を述べるまでで、
それが正しいことだとは、思っていない。
いつもね。






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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

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