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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
1952年・黒澤明「生きる」と言う映画があった。
ネタばれになってしまうけど、主役である役所の市民課、
志村喬(しむらたかし)扮する課長は、
日々ハンコ付きだけで毎日を無目的に過ごしてる。
そんなとき、癌で余命半年であることを知り、粉塵だらけだった当時の町に
公園を造りたい、と思い、実現させる。
彼が死んだあとも公園に、子供たちの笑い声が絶えることはない。

そんな映画だった。

この映画、主役の葬式の場面ではまだ
「いち市民課課長である彼に、そんなこと出来る訳がない」、
「そもそも癌であることを知らなかったんだろ?」
「公園を造ったのは議員さんだよ」 と市の職員たちが彼の遺影を前に
様々な憶測で言い合う。

あの映画には感動したものだったが、それはさておき、
職員のセリフの中に
何しろ役所と言うのは、
ゴミ箱ひとつ造るにもトラック15台分くらいのゴミが出るんだから

と、確かそんなようなのがあって
実に象徴的だなあ・・・と思ったものだった。

そして確か、
町のお母さんたち、(今とは違う・かっぽう着姿に赤ん坊背負って裸足)数名で
市民課の窓口を訪れると、下水課にまわされ、土木課にまわされ、
あちこちまわされ、教育委員会にまでまわされ、議員にまでまわされた挙句、
結局また、市民課に戻され・・・。

怒ったお母さんの一人が
あたしたちはね!ただ雨が降ったら歩けないあの道を何とかしてくれ
って、そう言ってるだけなんだよ!
もうあんたたちには頼まないよ!!

とか、そんなようなことを言って役所を出て行く。

あれから、60年くらい経ったんだよねえ・・・確か。
なのに、妙にああ言うシーンに共感してしまうのは何故?

当時からは考えられないほど建物は美しくなった。
町は見事に整備された。
職員の対応も良くなった。
けど、肝心な中身。
何でも縦割りでいちいち手続き。

ゴミ箱を造るより、
造るまでの「手続き」が役所の仕事としか思えないんだよね、未だに。

だって、震災後のこんな時期でも、まだ官僚の人って被災地に行って、
視察じゃなくて、なんかやった人っている?
って言うか、全責任を負うからやれることは直ちにやれ!
と言った人っているの?
いないでしょ・・・・・?

国から地方公共団体にいくら降ろしても、
中枢が変わらない限り、役所の仕事は同じでしょ・・・。
その中枢では、今日、無意味な代表選をやっている・・・。
ああ・・・テレビではまた、全身事なかれ主義 なアナウンサーが
とんちんかんな各代表の解説を・・・・

そう言う意味では、変わらないのね・・・60年前と
と、つい「生きる」を思い出していた昨日・・・・。

そして、「生きる」の市民課長の葬式の席で、
最もその死を悲しんでいたのは、
あのとき烈火の如く怒っていた、町のお母さんたちだった。
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【2011/08/29 06:08】 | 映画、ドラマ、音楽 favorite
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