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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
昨日の続きみたいになっちゃいます。

喜びや楽しみを感じているときは
とても幸せなんでしょうけど
(殆ど経験がないのでよくわからないんです)

でも、

たまには思い切り悲しむことを、お勧めします。

私は、娘のように愛した猫を失って
もう1年近く、悲しんでいるけれど

悲しみには「喪の仕事」とか「悲哀の仕事」
と呼ばれる作業があって、
愛する対象を失って、
それでも新たな人間関係の中で生きて行けるようになるために
必要な段階があるんです。

ただ延々と悲しんでいるだけではありません。

私は、ちち子という一匹の猫、
そのちち子を失った悲しみの中から
大切な何かを、得ているような気がして仕方ありません。

愛する対象を失ったときは、
存分に、悲しみましょう。
存分に、泣きましょう。

重ねて言いますが
「いつまでも悲しんでないで早く忘れなさいよ」とか
「いい加減しっかりしなさい」とかの励ましは
絶対にしないであげて下さい。

大切な対象を失ったとき、
人間には存分に悲しむことが必要な時期があるんです。

私は、ちち子の死を悲しみながら
今、ちち子なしで生きる自分の、
未来の姿がぼんやりとながら見えています。

だから、時間はかかっても
存分に悲しんだら、いつかその悲しみを引き受けて、
過去のものにし、
愛する対象を心底あきらめられるということを
実感を伴って、想像出来るんです。

喜びや楽しみの中で成長する というのは難しいです。
でも悲しみは、自身を大きく変えるきっかけになります。

悲しむことは、良いことです。

悲しみ、怒り、
ひとは、とかくこういう 負の感情を
排除してしまいがちですが、
負の感情にこそ、本来の自分がいたりします。
負の感情は、抑えつければ抑えつけるほど、
手がつけられないほど大きくなります。

なので、たまには 負の感情にも、光を当ててあげましょう。

たかが雑種の猫だけど、
ちち子は私に、実に多くのものを遺してくれ、
多くのことを教えてくれました。

これからもお前を思い出して
泣く日があるかも知れないけど

ありがとう。ちち子

愛してるよ、ずっと。

悲しみの中で、お前が教えてくれたことを
胸に抱いて、生きて行くよ。


悲しみを綴る

昔のちち子






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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2014/05/26 01:01】 | 愛しきイヌネコ
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