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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私にとって 娘のような存在だった猫、
ちち子を失って今に至るまでの過程。

これを「喪の仕事」とか「悲哀の仕事」とか
あんまり専門用語では言いたくなかったんだけど

深い病理を持っていて、
母親の喪の仕事さえ終わっていない私が

ちち子を亡くして 呆然となって
悲しんで悲しんで泣いて、
今も悲しみに暮れながら

でもこうなるのは、実に自然な反応なんだと思うと
自分にも健康な面があったんだ・・・と
なんか嬉しい。
悲しんでるのに嬉しいと言うのもヘンだけど。

まさに 悲哀の仕事 だもの。
そしてこの「悲哀の仕事」や「喪の仕事」は
愛する対象を失って尚、生きて行くために、
誰にとっても、実は大切な作業だと言える。

愛する対象を失って、パニックになって
悲しんで悲しんで号泣して。

周囲の人は、そんなとき
「いつまでも泣いてないで早く忘れなさいよ」とか
「しっかりしなさい」とか
とんでもなく間違ったことを言うけれど

この時期は、とことん悲しむ必要があるの。
悲しんで、泣いて泣いて、もう会えないことに苛立って
潰れてしまいそうになって。
だけど、そうやってとことん悲しむ時間を経て
人はようやく、愛する対象を断念出来る。

そして、愛する対象のいない新たな世の中で
改めて、生きて行くことが出来る。

ちち子と一緒だった頃の自分は死んで
ちち子のいない自分として生き直す、
その意味では、「喪の仕事」だけではなく、
「死と再生」とも言えるのかも知れないね。
ちょっと大袈裟かな。

でも、私にとってあの子は、
それだけ大きな存在だったから。

いつの日か、悲しい今の時期を経て
楽しくあの子を語りたい。
そうなって初めて、「悲哀の仕事」は終わるのよ。

ひとは、悲しみや苦しみの中で成長するしかない。
辛い。辛いけどね・・・・。

私の「喪の仕事」は、これからも続く。

ラストちち子






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FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2014/04/29 02:26】 | 愛しきイヌネコ
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