FC2ブログ
ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
なんかこれの前記事、読んでくださる方がいらっさるようなので
その2 を書きます。ちょと重複しちゃうけど。

はい!

神経症を治したかったら、治さないこと。


これはもう 鉄則 ですよ。
もう 絶対 と言っても過言ではない。

私も若い頃は
散々!治そうと「努力」して、
どんどん症状を悪化させて来た経験上言えるんです。


健康な人も、人前であがったり、緊張したりするものです。
(中には緊張したことがないと言う人もいますけど)
でも、健康な人は、自分の緊張や不安を
そのままにしておけるんです。

病気になる人と言うのは、それをそのままにしておけない、
その「こだわり」や「囚われ」が病気に繋がります。

症状を治そうと「努力」するのはやめましょう~!


ちなみに私は、振戦(震え)恐怖です。
会社でね、お客様にお茶を出す手が震えるというやつ。
これを治そう治そうとして、どんどん酷くなって
しまいには体ごと震えるようになりました。

で、大学のサークルでも、会議でも何でも良いです。
自分がその場で 震えちゃった・・・と思う余り
次回また震えたらどうしよう・・・と
次回までに何とかして、震えないように震えないように
と思えば思うほど、震えは激しくなります。
(この間が、地獄 なんだよね)

これを 予期不安 と呼びます。
でもこれこそ、症状の「思うツボ」。

震えちゃった→次は震えないようにしなくちゃ→
もっと震える→もっと震えちゃった、
次回こそ→どんどん震える
この悪循環によって、症状は果てしなく悪化する

これが神経症のメカニズムです。


勿論、治療法にもいろいろあるし、
抗不安薬で症状をある程度抑える
というケースもあるでしょう。

でも、神経症に薬は、対症療法でしかありません。
心因性の病気ですから、脳にもどこにも異常なし、なので。

神経症に罹る人というのは、
なかなか自己肯定感を持てません。

だから余計に
「こんな自分じゃダメなんだ」と
思い込んでしまうんです。
でも、もっと自分に優しくしてあげて。


♪ありの~ままの~すがた見せるのよ~~♪
(歌詞にされると安く聞こえるけど・・・・)

症状を持った自分のまま


恐怖突入
最も症状の出る場に臨む、何度でも。
最初は症状が出まくっても、必ず慣れる日が来ます。

そうすれば症状は、軽減、若しくは消失します。

これはねえ・・・ほんと、言うは易く行うは難し でね
つらい・・!んだけどね。

症状を持つ自分を 受け容れて
「いやだなあ・・」「つらいなあ・・」と思う自分のまま
「こんな自分ですいませ~ん」という姿勢でいれば

他人は案外優しいもので、
「こんな自分」をちゃんと受け容れてくれるはず。


症状を治さない
これが、神経症を治すこと です。


どうか、頑張らないで。
頑張れ は、もう「挨拶」のようにしばしば使われる言葉ですが、
わたし、だいきらい。何を言っても「がんばれ」の連打。

頑張らなくていいんです。これ以上。

なかなか理解されない、神経症のつらさを抱えて
我々神経症者は、十分頑張っているんです。

だから

頑張らないで生きましょう~



フリー画像空を仰ぐ女








ぽちで救われる私がいます


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へ

にほんブログ村

にほんブログ村 ポエムブログ 闇詩へ

にほんブログ村



にほんブログ村
スポンサーサイト




FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/06/01 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
トラックバック(0) |
社会不安障害や、パニック障害、
不安障害(神経症)全般に言えることなんだけど


不安障害(神経症)は
治そうとしている限り、治りません。


不安障害のメカニズムは、不安への、こだわりや、囚われです。

なので、治そうとすればするほど
更に症状にこだわり、意識するようになって
却って悪化するんです。
悪化すれば、予期不安(今度同じ状況になったらどうしよう)
も更に悪化、これにより、症状は果てしなく悪化して行きます。

これが、症状誘発のメカニズムです。
治そうとすると、却って上記の悪循環にハマってしまうんです。

だから、治そうとしないことが、治ることにつながります。


症状を持つ自分のままで
緊張する場に臨むしかないんです。

これは私には 地獄 でした。

でも、それしか治す方法はありません。
ただ、どれだけ地獄だと思っても、症状の出る場に
臨み続ければ、必ず、慣れる日が来ます。それを待つんです。

私は、特に森田療法を支持している訳ではありませんが、
森田の言う

恐怖突入

これしか方法はありません。


そして、症状には、
必ず、症状を持つ意味があります。

私の場合の、振戦(震え)が
ブロックし続けた感情の代理であり、
母親に同一化していた自分の、
明らかな無理 であったように

不安障害(神経症)の症状は、病的防衛です。
健康な人の防衛だけでは済まずに、症状を持つことでしか
自分をキープできなくなります。


だからここから離れるのは、実に難しいんです。
でも、
治そうとするのを、心底やめたとき、神経症は、治ります。


症状は、健気だなあと、私には思えます。
これだけ症状とのおつきあいが長いからでしょうか。

嫌われながら、憎まれながらも
その人を 守る ために頑張っているんです。

そんな自分を、忌み嫌うのではなく、
病的防衛しかできなかった自分を
もっと愛してあげてください。

「症状を持つことでしか生きられなかったんだね」と。
「よく頑張って生きて来たねえ」と。


症状を持つ自分のそのままを

受け容れてあげましょう。


それがいちばん、難しいことなんだけどね・・・


フリー画像空と街





サブカテゴリランキングを
「闇詩」に戻しました。
すぐには反映されませんが、ひとつよろしく。
こういうのちょこちょこ替えるの好きじゃないんだけど
今回は、致し方なく。
あーめんどくさ!




ぽちで救われる私がいます


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へ

にほんブログ村

にほんブログ村 ポエムブログ 闇詩へ

にほんブログ村



にほんブログ村



FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/05/18 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
トラックバック(0) |
神経症を発症して、
もう何年だ?34年くらいかな・・
長いねえ・・・・

「頑張ってよく生きて来たね」
私はいつも、そう自分に言って聞かせる。

だって、精神の病って
やっぱり誰にも理解されないから。

なかなかの苦しみなんですけどね・・・

体の病気だと即!理解されるのに。
高熱を出した・まあ大変!
風邪を引いた・それは大変!
とね。

社会不安障害 なんて言ったって
未だに誰も「へぇー」てなもんですよ。
理解どころか、興味さえ持たれない。


毎日、苦しくて苦しくて
そのまま仕事に行ったり、用事を済ませたり。
それが日常。


でももう、理解されることはあきらめますた。

ただ、この苦しい心に
更に拍車をかけるように
土足でズカズカ、心を踏み潰すような真似だけは
やめてくれよなー

日本の医学は、日進月歩だけど、
精神医学だけは、薬以外、
百年前と大して変わっていない。

56年の人生の中で、34年間は病気。
人生、病気のほうが長くなりました。
精神の病なのにヘンだけど、メンタル強いわー私。

メンタル弱かったら、こんなに長い間、
苦しみに堪えられんと思うし、とっくに自殺してると思うわ。
(ごめんなさいね、誰にもキョーミすら持たれない病気だから
自分で言うしかないの)

疲れたねえ・・・
どっぷりと、悲しむ時間が欲しいねえ・・・。




うつ伏せる女







ぽちで救われる私がいます


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へ

にほんブログ村

にほんブログ村 ポエムブログ 闇詩へ

にほんブログ村



にほんブログ村

FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2019/02/20 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
トラックバック(0) |
全て あきらめる

全て 手放す

病と 闘わない

病を 厭わない







これが本当に出来たら

になれると

知っているのに




知っているのに





どうしても

お腹に落ちて

くれなくて



フリー画像空と建物









ぽちで救われる私がいます


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へ

にほんブログ村

にほんブログ村 ポエムブログ 闇詩へ

にほんブログ村



にほんブログ村


FC2blog テーマ:詩・ことば - ジャンル:小説・文学

【2019/02/13 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
トラックバック(0) |
よく、何かを気にしている相手に
「気のせい気のせい」
と、何でもない という意味で
「気のせい」は使われます。


でも、神経症は
そもそもは 気のせい が高じたから
病気 になった とも言えます。

だから、「気のせい気のせい」と言われたら
「気のせいだったから、病気になったの」
と言うしかありません。


社会不安障害の症状は様々ですが、
共通しているのは、
些末な事柄に激しく囚われ、こだわり過ぎる余り
それが「症状」として固定する、
そして苦しむという特徴です。

ちっと神経症のメカニズムについては
過去記事参照してください。

神経症と私

極論すれば、神経症のメカニズムとは
「気のせい」から始まっているとも言えます。

だから「気のせい」は、神経症者にとって
何の慰めにもなりません。

だって神経症は、体の病気や怪我と違って、
元々は皆「気のせい」だったのですから。

気のせいだったはずの事柄を、「気に病む」余り、
本物の「病気」になってしまったのですから。


大昔過ぎてよく覚えてないけど、文献に
「神経症者とは、気で病む 人」とか書かれていた気が。


しかしねえ・・・ある日ふと気になった些末なことが

30年以上・・・!も、私を苦しめることになるとは
ちょっと思っていなかったですけどね。

私の人生は、病気によって
若かりし頃、思い描いたものとは、
まるで違うものになってしまいました。


死にませんよ、はいはい。
死ななきゃいいんでしょ?もっとっずっと苦しめばいいんでしょ?
んで、助けてはくれないんですよねー誰も。








ぽちで救われる私がいます


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へ

にほんブログ村

にほんブログ村 ポエムブログ 闇詩へ

にほんブログ村



にほんブログ村


FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2018/09/16 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
トラックバック(0) |