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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
痛い

痛い

ちくちくと

無意識の棘が

病んだ心に

刺さって痛い






無意識の 闇の道を

辿っていると

意識の中では

見たこともない

黒い花や

赤い空が

見える





病んだ心の

景色が見える

だから私は

無意識の世界を

旅する





若かった頃へ

少女だった頃へ

幼かった頃へ

無意識の旅は

時を遡る旅





幼い私の胸に

大きな傷が見える

これが痛かったんだと

気づく

過去の傷を

見ることで

私は 今の自分を知る





だけど

傷にいきなり

メスを入れたりしない

ただ

ここ痛かったんだねと

私は

幼い私の

小さな背中を さすってあげる






今の自分と

過去の自分とは

間違いなく

繋がっていて

過去を旅することは

未来を変える旅に

なり得る






だから私は

旅を続ける

自分を知るために

そして いつか

楽になる

そのために


フリー画像・子供とぬいぐるみ







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【2019/09/08 00:03】 | 精神療法
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どうしても私にはわからん。

例えば
理想的な人と出会って結ばれて、子供を持つことが 幸せ?

仕事で出世することが 幸せ?

それとも金か。いや、金は確かに欲しい。

でも、そんな即物的なものが 幸せ な訳?

 
まあそういうことを幸せ と思う人がいるなら、
それはべつにその人の自由だから良いけど。

でも、私には、なんか解せぬ。


昔、「朝まで生テレビ」の中で、ある作家の論客が

「人は幸せになるために生まれて来たんです」
と言った。

するとある学者の論客が

「人にはいろんな生まれ育ちがあって
それは、必ずしも幸せとは限らないんですよ。
そこで、人が幸せになることが当たり前だ、と
問題を設定するのは、非常に傲慢なことです」

と言った。(まあこれ、個人レベルの話ではなくて、
ある新宗教の教義・としての発言だったから、反論してたんだけどね)

私はこの学者に同感。

「幸せになるために生まれて来た」?
なんて、ほんと傲慢ですよ~

だって、幸せっていつまで待ってても
「訪問して来る」ものではないんでしょ?
多分、自分で掴みとるものなんでしょ?

てか私はそもそも、「幸福/不幸」という間尺で
物事を見ていないんだけどね。

自分を受け容れてくれる世界を、信頼し、
世界に受け容れられている自分を、信頼出来る



これだよね。
ほんとにまあ~!エリクソンさんありがとね、みたいな?


人生の最初にこれを体感できるのとできないのとでは
その後の人生、ハッキリと明暗を分かつ。

残念ながら、私は後者だったけど、今からでも遅くない。


精神療法は、産まれ直しの作業みたいなものだから、

いつかきっと、
世界を信頼し、自分を信頼できる、そんな自分になるのだよ。
そしたら、その先には私が求めて止まない、楽 が待っている。

少なくとも私は、世界が優しいものだということがわかった。
かつて自分が思っていたような、怖い怖い敵 ではないんだと。

「あと一歩、あと一歩でございます!
ご声援、ありがとうございます!
無所属廃人ナレイ、
ナレイをどうぞよろしくお願い致します!」


選挙カーのうぐいす嬢気分(笑
ほんと、あと一歩・・・!な気がしてならんのだけどなーー


「命の力には、外的偶然を
やがて内的必然と観ずる能力が備はってゐるものだ。
この思想は宗教的である」

by 小林秀雄

ってこたあ、この長き苦しみにもちゃんと意味があるんだね?
小林さん。私の生き方次第でね。

苦しいけど、自分の「命の力」信じてみますわ。
小林さん、あと少しだけ。










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【2019/05/09 00:03】 | 精神療法
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って言うのは、ちょっと暴論だけど、
周りの人を見てて思う。

幸せな人って
つまり、毎日が楽なんでしょ?


私の大好きな 故・河合隼雄せんせが
本に書いていた。

「人間は、楽なほう楽なほうに流れるから
失敗や挫折なしに、先ず変わることはできない」
って。


するってえと、わたしゃ挫折の連続で
毎日が、とにかく苦しいから、
何とかして変わる(成長する)しかないのよ。


こないだも、友人とちょっとしたすれ違いがあって
彼女が私の欠点を指摘したので
そうすると私は
「ん・・・?そっかなあ・・・そんな欠点が私に?」
と、考える。
「確かにそうかも知れない」
と、認める。

私は、頑固だけど、
自分の気持ちに対してだけは、素直なので。


でも、人間関係って常に相補的なものだから、
私も彼女の欠点を指摘した。

でも彼女は、頑としてそれを認めなかった。

そのとき私は、
「多分、この人は一生変わること(成長すること)は
できないだろう」
と思った。

なまじ順風満帆に来てしまうと
今以上の成長はないんだろうなと。


そう考えると、苦しむことも、
まんざら悪いことばかりではないかも知れない。


私はカウンセリング(精神分析的精神療法)を受けているので
セラピストからも、結構厳しく私の深層を示唆される。
それはとても痛くて、認めたくない!と思うけど
セラピスト・ハッチは、的を外さないから、痛くても認めるしかない。

相手のせいにするのってラクなんだけどねー
自分の問題と捉えるのは、本当に痛い・・・

けど、

何より、私はハッチに全幅の信頼をおいている。

そして
苦しいからこそ、変わる(成長する)ことができる。

勿論、そんな簡単に変われる訳じゃない。

私なんかまだダメダメで、なかなか変われない・・・と思ってます。

でも、「お、随分柔らかくなったね」「変化してるよ」
ハッチはそう言ってくれる。


物事は考えようだね。


過去と他人は変えられないけど
自分と未来は変えられる

(これ、エリック・バーン<Eric Berne>という人の言葉だったのね?
かのエリクソンに教育分析を受けてる心理学者なんだ・・)

と、よく言われるもんね。


つまり、

順風満帆な彼女よ、

お気の毒さま~
どーぞ、ご勝手に~




ってことかしら?








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【2019/04/26 00:03】 | 精神療法
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昨日はセラピーの日でした。

もう20年ぐらいでしょうか。
通いつづけています。

「カウンセリングって何でも話を聴いてくれて
優しくしてくれて、共感してくれるんでしょ?」
とか、よく言われます。

が、セラピーは、そんなぬるいもんじゃないです。

むしろ厳しい・・・!
いちいち痛いです。

何を話しても良いのですが、
何を言っても、常に私の問題(良い悪いではなく)として、
ときにキツい言葉を、我がセラピスト・ハッチは
ぶつけて来ます。

「こないだマリコが@@@@@とか言ったんだよ!ムカつく!
もう話してていやんなったよ」
とか言っても、

「そうなの?それはムカつくよねえ、酷い人だねー」
なんて絶対に言ってくれません。

「それって、マリコさんの問題じゃなくてさ、
ナレイさんがマリコさんに反応してんでしょ?
マリコさんの言葉に、自分を見てるから
ムカついたんでしょ?」

まあこんな単純な内容ではないけど、
喩えるならそんなカンジ・・・・・。

いたい・・・!なんでそう痛いことばっか言うの・・?
と思いますが、
ハッチの言葉は、私の心の的のまん真ん中を、常に射抜くので
認めざるを得ないんです。

厳しいけれど、そんなやり取りの根底に流れるのは、
常に 深い共感 です。
だから私は、セラピーをつづけられるんです。

自分の問題を二人で見つめる作業は、
楽になるためには必須です。

病気じゃない人は、日頃から、
先ず自分の問題を見るなんてないと思います。

自分の問題を見ない方が楽です。
でも、私は見ない訳に行きません。


ハッチは、
私の深層に、灯りをともしてくれる大事な存在です。

私の中に眠る解決策を目指して、共に旅してくれる人。


ひとのせいにするほうがずっと楽に思えるけれど、
病気でも病気じゃなくても、
自分の問題を見つめることは、自分が変われる、、
そしてやがては楽に至る、大切な作業です。

私とハッチの旅は、まだまだつづきます。


あ、いたい~~~~~!!!


海辺にて3







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【2018/12/26 00:03】 | 精神療法
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我がセラピスト・ハッチは、
毎回私の話を聞く。 50分間。

私は言いたいことを言う。

一人では過ごせないんだと。
この苦しみから解放されたいと。
死にたいんだと。
ハッチは最近、全然共感してくれないじゃないか!と。

この時間内では、
頭に思い浮かぶことは何を言ってもいい
その代わり時間厳守。
当日キャンセルは料金を支払う。
プライベートでは一切関わりを持たない。
それがルール。

ハッチは、そんな私の話にまさに 傾聴 する。
彼のパソコンを打つ音の速度で、
そのときの話の重要度が私に伝わる。
(寝椅子なので、ハッチの表情を私からは見られない)
勿論、くだらない話をしても構わない。

でも、ハッチは常に、私の苦しみ・訴えに対して
解決策 を与えてくれないことのほうが多い。

むしろ、私にに素朴な疑問を投げかけて来たり
示唆を与える言葉をくれる。



その、ハッチの深い言葉から、
私自身の深層、問題点が見えて来る。

その作業は、まるで 
もつれてもつれてもつれきっている糸を
いきなり引っ張るのではなく、
少しずつ、ゆっくりと、
一個一個のもつれをほどいていくような、
心の奥底につかえてる塊を、
ゆっくりと少しずつ溶かしていくような、
そんな優しい、けれど果てしなく根気の要る作業に思える。

そして、解決策は、私自身の中にあり、
ハッチは常にその 解決策 に至るまでの 糸のもつれを
決して急いで引っ張ることはしない。

硬くなった塊、細かいもつれ、沢山のもつれを、
一個、また一個とほどいて行く。 溶かして行く。
何年かかっても。

いきなり引っ張って、ちぎれることのないように、
いきなり入り込んで、壊れることのないように、
やたら、いじることはない。
クライアントが自ら気づくまで 待つ
というのは、口で言うほど、たやすいことではない。
(とか、他人事みたいに言ってる場合じゃねえけど~)


それでも
ハッチは、ずっと待っていてくれる。
見守っていてくれる。

まるで
春の花の花びらが
一枚一枚開くのを 見つめるように
待っていてくれる。


フリー画像・カクテルグラス







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【2018/04/15 00:03】 | 精神療法
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